悪役令嬢レイラの妹ソフィーナ はじまりの物語(2)

「う……」


 どん、という強い衝撃と共に――いきなり目の前が真っ暗になった。

 身体のあちこちが痛い。

 頭の中が霧がかかったように、ぼぅっとする。


 そうだ。怪我は……?

 恐る恐る、自分の身体を確かめようと手を動かすと――すぐ目の前の何かに触れた。

 柱――ではない。

 温かく、そして小刻みに震える……人間だ。


「ソフィーナ……無事……?」

「……え、お姉……様?」


 暗闇の、ほんの数十センチ先から姉の声がした。

 同時に、ぽたり、と頬に雫が垂れてくる。

 何だろうと触れてみると、少しだけぬるぬるしていた。

 それが『血』であると理解した瞬間―― 一気に意識が覚醒する。


 私は崩れた柱のすぐ傍にいた。

 下敷きになって潰れるのが当然なのに――なぜ生きている?

 そして、ここにいなかったはずの姉がなぜいる?


 答えは簡単。

 姉は、自らの身体を盾にして私を助けてくれたのだ。

 降り注ぐ瓦礫から私を守り、人が入る余地のない場所に一人分の空間を作った。

 そして、自分は……。


「お姉様、怪我を……!?」

「大したことは無いわ」


 姉は私の頭の両側に手を突いたまま、震える声を上げた。

 暗闇に目が慣れ、薄らとだが表情が見える。

 姉は苦痛に歪む顔を、無理やり笑みに変える。


「それにしても……魔法って、こういうとき、全然使えないのね」


 額からは、ぽたり……と、今も鮮血が垂れていた。

 額だけではない。腕や髪を伝い、とめどなく血が滴ってくる。


「たくさん練習したのに……『ソフィーナが危ない』って思ったら、呪文とか……全部、どこかへ飛んで行っちゃった。本当なら、もっとかっこよく助けられるはずだったのに……ごめんなさいね」

「どうして……どうして私を庇ったんですか!?」


 私なんか、見捨てれば良かったのに。

 出来損ないの妹なんて、居ても邪魔なだけなのに。


「助けるに決まってるじゃない。あなたは私の、大切な妹なのよ」

「……ッ!」


 医学の知識なんて持ち合わせていないが、姉の出血量は危険な域を超えている。

 死が迫っていることは素人目で見ても想像に難しくない。

 私を庇ったせいで。

 お姉様が、死ぬ。


「私は……私はお姉様に大切にされるような妹じゃありません!」


 不出来で要領が悪く、姉を恨み、憎み、嫌う心の中まで腐った醜い妹。


「私なんか……私なんか助けたって、何にも――」

「それ以上言ったら……怒るわよ」


 こつん。

 血塗れの姉の額が、私の額に当たる。

 手が使えたなら、きっと頬が腫れるような張り手をされていたかもしれない。

 そう思えるほど鋭く、姉は私を睨んだ。


「私が大好きな妹を、他ならぬあなたが悪く言わないで」


 瓦礫の外から、人の騒ぐ声が聞こえた。

 使用人達だろうか。

 かつて屋根だったものの隙間から、がしゃがしゃと瓦礫を動かす音がした。


 ……みし、と、嫌な音がした。

 それが聞こえているのかいないのか、構わずに姉は続ける。


「前にも言ったでしょう。あなたには素晴らしい才能があるわ。私はその才能が花開くことを……ずっと、待っている……の」


 姉の胸元から、装飾の施された紙袋が落ちてきた。


「それ……プレゼントよ。迷惑かもしれないけど」

「……」


 あれだけ突っぱねたのに。

 いらないって言ったのに。

 姉は私のために、プレゼントを買ってきてくれていた。


「あなたが私を嫌っていることは知ってる。けれど、私はどうしようもなくあなたが好きよ」

「お姉……様……」

「良かったら、付けて……見せ、て?」


 袋から出てきたのは――花柄の髪飾りだった。

 それを頭に取り付けると……姉は、優しく笑った。


「やっぱり――あなたには、花の柄が、よく――似合――ぅ」


 みし、と。

 また軋む音がして、その分だけ姉の表情が歪む。

 私と姉の間に僅かにあった空間が……徐々に狭まっていく。


「ごめ――なさい。あなたに……とって、私は……いい、姉じゃ、なかっ――わよ、ね」

「そんなこと……そんなことない!」


 周りの評価に振り回され、私は自分の本心を隠していた。


「意地悪な態度ばかり取ってごめんなさい! 私も……私も、お姉様が」































































 ぐしゃ。

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