第一章 幸福論

 スマホを手に、ワイヤレスイヤホンを耳に。梅雨のジットリとした空気を見に纏いながら、自分の機嫌が段々悪くなって行くのを実感する。雨が降っていないだけ幾分マシだろ、と自らとりなす。どうやら機嫌を直してくれたようだ。


 ふと、足元を見ると解けかけた靴紐が見える。高校生になって漸く上手く蝶蝶結びができるようになって調子に乗って何回も結んでは解きを繰り返していたからだろうか。しかし、雨天続きでスニーカーも湿っている。正直、今は触りたくない。学校に着いてからでも遅くはないだろうと妥協し、再び目線を手元の液晶に戻す。


 ワイヤレスイヤホンから流れる音楽は、もはや自分の中で定番になったもの。そして胸に延々と燻り、思考をかき乱すだけの幸福の残滓も定番だ。隣の、もはや常連のスーツを着た男と共にバス停でバスを待つ。高校に上がってから、時程が変わり、乗るバスの時刻も変わってしまったのだ。嘆いてもしょうがない、そうは思うが通勤ラッシュから外れ、遅延が目立つバスを待っているのだから溜息を運転手の預かり知らぬところでついても許されるべきではないだろうか。


 こうも暇なとき、はいやに存在感を強める。いやなものだ、こんな惨めな思いを味わうのだったらそもそもあの幸せ自体、





 ―――なかったらよかったのに。

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