気まぐれ拷問姫の日常
へーコック
第二話、茶道室の謎
僕、小野真尋は先日不思議な経験をした。
それは野薔薇美優妃という拷問好きな変な女と和菓子屋で起きた事件を解決するというものだった。
僕は大学構内の空いていたベンチに座って考え込む。
拷問サークルとは一体何なのか。
野薔薇美優妃は一体何者なのか。
「あら、やっぱりここにいたのね」
声がしたので、振り向くと悩みの種である野薔薇が立っていた。
着物をきていて長い黒髪をうしろで束ねており、スラリとした細い首が覗いている。着物のせいかすこしおっとりとした印象だ。
思わず見とれていると野薔薇はそのことに気づいているのかいないのか意地悪な笑みをうかべて近づいてきた。
「野薔薇先輩。あの、距離が……」
彼女はそれを無視して僕の腕を掴みツカツカと歩き出す。
「じゃ、いくわよ、今回の相談者のところへ」
強引に連れて行かれた先は部活棟だった。
私立W大学は部活動に力を入れており、まるで企業のオフィスのようだ。
ワンフロアに部室が4つだけでとても広く、部室ごとに部員全員分のカードキーが与えられていて、いつでも自由に練習ができる。
このように好待遇のため、部室棟は競争がはげしい。
大会での成績や、他校からの評判をえられなければすぐにサークルに格落ちしてしまい、部室は取り上げられてしまうというわけだ。
その部室棟の最上階、一番上の階の更に一番奥の部屋が今回の目的地だった。ここまで来たのは初めてだ。かなり遠いな。エレベーターを降りてから5分以上は歩いた。
カラカラと横開きの扉をあけて野薔薇が先に部屋にはいる。
そこはまごうことなき和室だった。
襖の奥には畳の部屋がみえ、どこからかお香のような良い香りがする。しかも観賞用の池まであるではないか。
その時、タイミングを見計らったかのように獅子落としがカコーンと言う音をたてた。
すると、床の間に正座していた女子生徒がゆったりとした動作でこちらを向いてお辞儀をする。
「お待ちしておりました。私この茶道部で部長を務めさせていただいているものです。こちらへどうぞ」
畳の部屋に座ると野薔薇が話を切り出した。
「で、今回はどうしたの?」
「実は、この部に代々伝わる黒楽が誰かに割られてしまったんですよ」
「え!黒楽というのは黒い茶碗のことですよね?ものによってはかなり高価だと聞きますがもしかして……」
僕は思わず口を挟んでしまった。
すると、部長は両手で顔を覆いながら消え入りそうな声で呟いた。
「そうなんです。あんな大事なものなのに……本当にお恥ずかしい限りです。
割れた黒楽はこの部屋の棚にある、あの机の上においてあったんですが、私も部屋の外で作業していたのに気づかなくて……なんで気づかなかったんだろう……」
「ちょっとまって、事件当日はどういう状況だったの?」
話が脱線しそうだと思ったのか、野薔薇が先をうながす。
「えっと、私が部屋の外にいて、他サチ、カヨ、トモという3人の後輩が部屋への荷物の搬入で往復をしていたんです。私が10分ほどの作業を終えて部屋に入ると黒楽が割れていたんです。」
「うーん、その3人は誰も割れていたのに気づかなかったのかしら?」
部長は申し訳無さそうに
「はい、3人に事情を聞いてみたのですが気づいたら割れていたそうで」と目を伏せて言った。
その3人が当然怪しいということになるだろう。
「でも、野薔薇さんをおよびしておいて何ですけどこんな疑うのも悪いしもういいかな……」
ところが野薔薇は突然大きな声をあげて、遮った。
「駄目よ!真相は解明した方がこの部のためだわ。とりあえず3人の生徒を呼んできてくれる?」
「わ、わかりました。」
3人の生徒に一通りきいてみても特に真新しい情報はなく、全く進展のないまま時間がすぎた。
そのせいで野薔薇もブツブツと
「3人全員体に聞くのが一番手っ取りばやいか?」などと言い出し始めている。
マズイ。この人を止めなければ。犯人はともかく無関係な人を巻き込むのは流石にマズイだろう。
その時隣の部屋から何やら音が聞こえた。
なんの音だろう?
「部長さん、隣の部屋は何部ですか?」
「けいおん部ですね。ただここの壁は厚くなっているので、稀に聞こえる程度です。」
けいおん部か、かなり大きい音で練習しているのか。ん……?音?
「音で気になったのですが、茶碗が割れたら音がするはずですよね?音は聞こえなかったんですか?」
ところが誰も割れた音を聞いていないという。そんな事があるのだろうか?いや、畳の上で割れたのならそこまで音もしない可能性もあるのか?
その時、視界の端にあるものが写った。
「そこにギターがありますよね。誰のものですか」
「それはトモのです。けいおん部にも入っているので」
「ふむ、他にけいおん部には入っていらっしゃる方は?」
「いないと思いますが、それが何か?」
ようやく糸口が見えてきたかもしれない。
「もう一つ教えて下さい。この階にある部屋は全部で4つですよね?あとの2つは何部ですか?」
「いえ、そちらはコンピュータールームと用具室になっていますので、一般生徒は立入禁止です。」
ようやく合点がいった。
「わかりました。誰も割れた音を聞いていないのなら茶碗はここでは割れていないんですよ。別の場所に移動させてから割ったんです」
「でも私は10分も目を離していませんが」
「そうなんです。しかもその間に三人が入ったとなると犯人が作業できる時間はあっても数分でしょう。
しかし、この茶道部はサークル棟の一番奥にあって、他の階に行こうとしても廊下を往復するだけで時間が経ってしまうんです。」
僕はお茶を一口飲んだ。
「なので、廊下か近くの部室で割ったと言う事になります。まず、廊下では人目につきすぎますから流石に難しいでしょう。
となると、近くの部屋という事になりますが……けいおん部の部員ならいつでも部室に入れますよね?
しかも、けいおん部は練習で大きい音を出していて、誰にも気づかれずに割ることも可能なんですよ。ね、トモさん、違いますか?」
トモさんはずっと下を向いて黙っていたが
涙声で語りだした。
「ごめんなさいっ、実はけいおん部の後輩に見せる約束をしていて……でも焦って割ってしまったんです。それで袱紗に包んで元の場所に戻しました。本当にごめんなさい。」
部長はふぅ、とため息をつくとトモさんの頭を撫でた。
「やってしまったことはしょうがないわ、でも、黙っているのはだめよ。」
「すみませんでした。」
項垂れておりとても反省しているように見える。
やれやれこれで一件落着か。
隣を見やると野薔薇は真顔でトモさんを見つめ、「わかったわ。じゃあお詫びに私達のサークル部屋まで来てくれないかしら、ギター演奏聞かせてよ」とわけのわからない提案をした。
一瞬場に変な空気が流れたが
「え?はっはい、いいですけど」というトモさんの返事で全員我に返る。
どうやら野薔薇のペースに巻き込まれているようだ。
なんだろう以前もこの展開はあった様な……
数十分後
「あひゃひゃ!もうやめて!」
やはりと言うべきか、目の前ではトモさんが拘束されており、拷問をされていた。
野薔薇はなにやら羽のようなもので彼女をくすぐっているようだ。
「あらあら、随分頑張るのねぇ。ここをこうしちゃおうかしら」
「やめ、やめてください、あはははは」
「あぁ、あなた可愛いわねぇ、ペットにしたいわぁ」
変態だこの人。
……それからも野薔薇の拷問は数時間に及びついにトモさんが叫んだ
「ひぃぃん、ごめんなさぁぁぁい!実は……黒楽を盗みましたぁぁ!」
だが野薔薇は一向に手を止める気配がない。
「あらあら、もう言っちゃうの。つまんないの。まあ良いわよ。あれ?でも黒楽は割れたんじゃなかった?」
「……茶室で割れていたのは私が用意した偽物です。本物の黒楽はけいおん部に隠して、偽物の方は予め割っておいた破片だけ本物があった場所にばらまいておいたんです。」
僕は思わず口を挟んでしまった。
「なんでそんな面倒なことを?」
「だって!偽物の茶碗を割らないでそのままおいておいたら部長が見てすぐバレちゃいますよ。だから本物だと勘違いさせるために割ったんです」
「ふん、結構姑息な真似するわね」
トモさんを見下しながら吐き捨てるように野薔薇は言った。
気に触ったのかトモさんは食って掛かかる。
「私だってやりたかったわけじゃ……いえ、こんな事言える立場じゃないですよね……結局罪を犯していますし」
「実は奨学金が払えなくて……精神的に追い込まれてやってしまいました。本当に申し訳ございませんでした。部長たちにも謝ろうと思います。」
トモさんは目尻に涙を浮かべており、今にも溢れてしまいそうだった。
野薔薇はじっと彼女を見つめていたが、やがて微笑むと、僕に命令した。
「いいわ、今度こそ包み隠さず話したようだから開放してあげる。小野くん、外してあげて」
「わかりました、はい、外しましたよ」
ようやく開放されたトモさんは床に崩れ落ちる。
「あ、ありがとうございま……」
「でも次にこの部屋に来るときはあなた用の首輪を用意しとくからね?」
「し、失礼します!」
脱兎のごとく部屋から飛びでた彼女を見送ると、僕は気になっていたことを尋ねる。
「でも野薔薇先輩、どうして怪しいと思ったんですか?まさか、ただ可愛い子を拷問したかっただけじゃ……」
「馬鹿ね。それじゃ拷問する正当な理由がないじゃない」
野薔薇は当然だ、というような顔だ。
……裏を返せば正当な理由があれば拷問するという事にもなるが
「君の推理に引っかかるところがあったのよ。いくらけいおん部でも部室で茶碗が割れたら流石に気づくと思わない?」
「でも、それだけの理由ですか?」
「ううん、実は私ね、何かを隠している人はわかるのよ」
「え!またまた笑」
「嘘だったら良かったけどね……」
野薔薇美優妃は振り向きざま、ぼそりと呟いた。
その顔は相変わらず美しかったが、どこか哀しそうでいて穏やかな、そんな不思議な顔だった。
気まぐれ拷問姫の日常 へーコック @kaiayu91
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます