第9話 彼女が言った決め台詞

 隊長風の男は笑みを浮かべ、隣の騎士と話をする。


「大いに結構じゃないか! うちの副隊長に相手をしてもらおう、彼女もなかなかの手練れだぞ」


 彼は上機嫌にそう言うと、すぐに荷物を置いて、私達を村の外へ連れ出した。


 村長の案内で村から少し離れた丘に向かう。どうやらここで、私達は力試しをする様だ。


 村人達も見物に集まってくる。騎士達も興味深げな表情で、相対する二人を見守っていた。


 オリビアは手に木製の剣を持ち、簡素なズボンとシャツを着ていた。一方の副隊長は鎧を着込んで万全の装備、剣は鞘から抜かず紐で固定している。


 オリビアの力を目の当たりにしたら、騎士達も驚くだろうか。私は心配をしながら、彼女を見守っていた。


 開始の合図で彼女は駆け出す。目にも留まらぬ速さで剣を振りかぶった。


 彼女は剣の訓練をしていない、太刀筋もでたらめだ。それでも、副隊長相手に善戦していた。気合いは十分だ、恐れもせず立ち向かう。


 相手も驚くほどの速さだった。普通の村人なら、目の前で何が起きているか分からないだろう。


 ガンガンと剣がぶつかり合い、大地を踏みしめる音が辺りに響く。


 そしてオリビアの身体が光に包まれた、副隊長も剣を構える。二人がぶつかり合う瞬間、辺りに衝撃が伝わった。


 彼女は肩で息をして、副隊長も立ったまま。けれども二人の剣は、粉々に砕け散っていた。


 騎士達からどよめきが起こり、そして拍手によって二人は称えられた。素晴らしい、良い才能だ、そんな声が聞こえてくる。


 しかし、オリビアは隊長風の男を見据えて、力強くこう言うのだ。


「ナットは、私よりもっと強いです!」

「はっはっは、それは楽しみだ」


 周りの視線が私に集まった。男は私を見ると笑いながら歩き出し、私も男を見ながら丘に登った。


「その立派な鎧、脱いだ方がいいと思いますが?」

「気遣いの出来る男はモテるんだな。坊やは鉄を操るんだろ? 残念だが、俺は似たような相手と戦ったことがある。そいつは犯罪者だったが、問題は無かった」


 オリビアは心配した顔で私を見た、ら大丈夫だと、私は彼女に軽く手を振った。


 周囲は沈黙に包まれる。騎士の一人が手を上げて、開始の合図を出した。


 けれども私達は一歩も動かなかった。


「ご忠告はしましたよ?」


 男は額から脂汗を滲ませ、私を睨み付ける。騎士達がざわつく。私はため息をついてから、男の鎧から意識を発散させた。


「なんだ、これは……お前は何者だ? ババアの話と違う。ふざけるな、普通の子供じゃないのか」

「ふざけているのは、そちらでしょう。やる気がないなら帰って下さい。もう一度やるなら、次は本気でお願いします」


「お前達、離れていろ!」


 男は叫び、急いで鎧を脱ぎ捨てた。そして拳を強く握り締めると、身体からメラメラと炎が燃え上がった。


 男は燃えている、服は焦げていない。熱くはないのだろうか、そもそも燃料はなんだ。


「一つお聞きしたい、それは何が燃えているんですか?」

「お前は学者か何かなのか、これは俺の魂が燃えてんだよ!」


「なるほど、聞いても無駄か。それから私は科学者サイエンティストではない、技術者エンジニアだ。今は魔法も使うがな」


 そう答えると、男は更に激しく炎を燃え上がらせた。一呼吸おいて、わずかに男の身体が揺れた。


 一気に距離を詰められる。目の前で振りかぶられた拳、私は火傷しそうな熱を感じた。


「シールド!」


 砂鉄を盾にして炎を遮る、だが男の拳はこの鉄を赤熱させる。高温発光、赤色なら千度に近いだろう、白色なら千五百度だ。


 加熱された砂鉄は磁力を保てない、燃える拳に削られる。


 男は雄叫びを上げ、腰を深く落とした。鋭く拳を突き出だせば、爆発的な燃焼が目の前で起きる。私は堪えきれず、吹き飛ばされた。


「はっ、言っただろう。問題は無かったとな」


 捨て台詞を吐かれた私は、けだるげに身体を起こした。激しく燃えている男の姿は揺らめいて見えた。


 私の両手が赤く染まり、服も焦げ臭い。だが男は火傷もしていない、不思議でならない。まったく度しがたい。


「これが本気か?」

「言ってくれるじゃねえか」


 激怒する男をよそに、手に力をこめた。引き寄せたのは丸底の鍋だ。これを準備しておいて正解だった。


「俺を馬鹿にしてるのか?」

「これが最適解だ。母の形見まで持ち出した、私の本気を理解してもらいたい」


 男ははっと息を吐き、辺りに炎を撒き散らす。そして、私めがけて一目散に突進する。


 砂鉄の鎖で四肢を縛るも、強引に振り解かれ、その勢いは止められない。


 いいだろう、やってやろうじゃないか。


『我、叡智えいちの名においてこれを行使する。なんじら、罪なし』


 私のカタツムリもやる気の様だ、彼女も考えていた決め台詞をささやく。私の身体がわずかに光輝き、懐かしさが込み上げた。


「フレームレートは可変だ。サーモグラフィーは透過率五十パーセント、温度レンジは任せる。磁気センサーの空間分解能は標準で」

『仰せのままに』


 男の姿に赤と青の色彩が重なった、拳は赤い色、千三百度の値が見える。


 男の炎があと二百度ほど高ければ、私も対応を変えただろう。だが、その温度では酸化鉄の融点には届かない。

 

「アンダーコントロール、この程度の問題トラブルは想定内だ」


 男が放った炎の拳、私は包む様に鍋で受け止めた。一気に燃え上がった炎は、そのまま爆燃ばくねんを起こして男に跳ね返った。

 

 身じろいだ男の身体を鉄の鎖で縛り、私は思い切り踏み込んだ。ただれた片手で襟元を掴み、そして男の顔面に頭を打ちつける。


 ゴツリと鈍い音がして、男はそのまま倒れ込む。私の額からは血が滴り落ちて、地面を濡らしていた。


 あっけない幕切れだった。

 

「凹面鏡、曲面における反射の法則だ。鍋底の法線と平行する入射は、放物面で反射して集点を結ぶ。それに炎は反磁性体だ。つまり、私は集めた炎を、あなたに跳ね返したんだ。一種のモンローノイマン効果だよ」

 

 周囲ににどよめきが起こった。数名の騎士が私達に向かって駆け出していた。


「それでも放射熱の全てを跳ね返せる訳ではない。あなたの炎は確かに熱かったが」


 ぐらりと視界が揺れる、頭が割れそうに痛かった。これは強く頭を打ち過ぎた。目眩の様に視界がグルグルと回り、私は意識を失ってしまった。


 気がつくと、私は温かい部屋で寝かされていた。ここは幼馴染の部屋、私は彼女のベッドで寝ていた。


「大丈夫? 倒れたから心配したんだよ」


 枕元に座っていたオリビアは、心配そうに私の顔を覗き込んだ。その表情は凜々しくも見える。騎士に立ち向かうくらい、勇敢な子だったな。


「すみません、ご心配をおかけしましたね」

「本当に大丈夫?」


「少し痛いですけど、大丈夫です。そう言えば、お二人は?」

「お父さんとお母さんはマリスの家だよ。隊長さんにお説教しているかな」


 いささか、やり過ぎてしまったが。お互い頭に血が上っていた様だ。私はため息をついてから、起き上がって部屋を出た。


 彼女に水を一杯もらい、それを飲み干す。一息つくと身体が熱かった、夜風に当たりたい気分だ。


「すみません、ちょっと外を歩いてきます」

「あっ、待って!」


 彼女は慌てて自室に戻り、着替えて戻って来た。可愛らしいシャツとスカートを着ている。


「私も一緒に行くよ、心配だし」


「ありがとうございます。オリビアのスカート姿、珍しいですね」

「お母さんが街に行くからって作ってくれたの。どうかな?」


「似合ってますよ」

「本当? それは嬉しいかな」


 そう言うと、彼女は私の手を取り歩き出した。こんな時間に二人で出歩くのは、祭りの夜以来だった。


「私ね、ナットに伝えたいことがあるの」


 薄暗い村の外。彼女は歩きながら、私に話しかけてくる。


「お父さんとお母さん、小さい頃から一緒に村で育って、よく遊んでたんだ。それでね、あるお祭りの夜に二人で抜け出して、一緒に踊ったんだって」

「仲が良いんだね」 


「うん、喧嘩もするけど仲良しだよ。それでね、その夜に私を神様から授かったんだって、私が小さい頃に教えてくれたの」

「……」


「お祭りの日の夜、私もナットと家族になれると思ってた」

「……」


「身体は少しずつ大人になるけど、まだ心は子供なんだって。まだ早いって、お母さんが言ってた。私は寂しかったけど、別々に寝る様になったのも、それが理由なんだ」


 これは、彼女は私に何を話している?


「最近は身体を動かしてるから、気持ちがモヤモヤするのも少なくなったけど。あのね、喧嘩しちゃった時のこと、ずっと謝りたくて……ごめんね」

「いえ、もう気にしてませんよ」


「ナットは大人だよね、いつの間にか大人になっちゃった。私はまだ子供だけど」

「そんなことは」


 オリビアは私の手を強く握った。そして真剣な顔をして、私を見つめていた。


「だから、私が大人になるまで待っていて欲しいの。そしたら、また一緒にお祭りを抜け出して、私と一緒に踊ってくれる?」


『シンパクスウノ、ジョウショウヲ、ケンチシマシタ』


 彼女にそう言われた時の私は、確かに心臓が破裂しそうだった。

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