16 正しき道へ

 同日午前十一時。

 対策局内の病室にて、件の吸血鬼による滅血師を集中的に狙った殺人事件の最初の被害者であり、彼と相対した数少ない生き残りである青年。桜野雄吾が目を覚ました。


「……此処は」


 激痛が走る全身をなんとか動かして体を起こす。周囲を見渡すとどうやら自分が対策局内の病室に運ばれている事が分かった。そしてどうしてこんな所に自分がいるのか。一瞬浮かんだその疑問も、徐々に鮮明になっていく記憶が答えを導き出す。


「そうだ……俺はあの時……ッ」


 吸血鬼のアジトを叩いたあの日、後処理を済ませていた現場に現れた吸血鬼に敗れ、それで恐らくこの場に運ばれたのだろうという事は察した。


(……待て、俺はあれから何日寝ていた。それよりあれから一体何が……ッ)


 自分が相対した吸血鬼は、相当強い相手だった。あの場で自分が倒されたのなら、あの場に居た誰にもあの吸血鬼を止められない。そんな状況で自分が此処に搬送されている。

 あの場で何が起きたのか。少なくともそれが碌でもない事なのは嫌でも察してしまう。

 ……自分があんな事になった所為でだ。

 とにかく不安に駆られて綾香か隼人に連絡を取ろうとスマホを探していた時だった。


「……綾香」


 恐らく自分の見舞いに来てくれたのかもしれない。もしかしたら殺されているかもしれないと思った綾香が病室に入ってきたのは。

 とにかくそれだけでひとまず安堵する。

 そして安堵したのは綾香も同じなようで、少し泣きそうな表情になりながら言う。


「雄吾……良かった……意識、戻ったんだ」


 そう言って駆け寄ってくる綾香に対して言う。


「誰かが此処に担ぎ込んでくれたおかげでな。そうじゃなかったら多分俺はあの吸血鬼に殺されていたんじゃないかと思う」


 そして誰が運んでくれたのか。それも含めて綾香にはこれから聞かなければならない。

 ベット近くのパイプ椅子に座った綾香に、聞くのが億劫になるような事を、一つ一つ聞いていかなければならない。

 怠慢で身勝手でどうしようもない自分の所為で起きた事を、受け止めなければならない。


「綾香……あの後、一体どうなった」


「えっと……その……何から、話すべきかな」


 そんな事を言った時点で。そんな事を言う表情で。碌でもない事が起きたのは察せた。


「最初から全部。包み隠さずにだ」


 そしてなんとかそんな言葉を絞り出した雄吾を見て、少し悩むような素振りを見せた後、綾香は話してくれた。


「……あの後ね――」


 そこから聞いた話は自分が滅血師をやって来た中で、この先超える事は無いだろうと思っていた最悪な一件と同率で並ぶ程、酷い話だった。

 そして全てを聞き終えた頃、多分自分は本当に碌でもない表情をしていたのだと思う。

 心配してくれて、気を使おうとしてくれているのは分かって、それでも綾香が何も言えないでいる位には、今回の全責任が自分にある最悪な一件は心に突き刺さっていた。

 深く。どこまでも深く。だからもう折れた。正確に言えば元に戻っただけかもしれない。

 歪に曲がりくねっていた心の芯が、比較的真っ直ぐな物に。


「……なあ、綾香」


「……なに?」


「そろそろ潮時なのかもしれないな……もういい加減、後ろばかりは見ていられない」


「いいの? それで」


「いいんだ。立派じゃないかもしれないけど、俺ももう大人なんだからさ。現実を見ないと生きていけない。生きていけても周りに迷惑を掛け続ける」


 そして決意を確かにするように、拳を握る。


「もう吸血鬼は……片っ端から殺し尽くすよ」


 渇いた笑みを浮かべて雄吾は静かにそう言った。

 ……こうしてこの日、もう何年も道を踏み外し続けた青年は正しき道へと足取りを戻す。

 震えた足取りで、それでも確かに。


 これが二人の兄弟が覚醒に至るまでの、一部始終。


 始まり終わった物語。

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