第5話 葛藤

 自分のスキルを理解した恭兵キョウヘイの元へ2人分の足音が近づいて来る。

 ヤバいと思い周りを見渡すが、ここは建物の一番端の場所の廊下、隠れられる場所は見つからない。

 もし見つかって警察でも呼ばれたら面倒だ。正確に言えばこの場から離れてしまえば、芽愛メイが襲われてしまうかもしれない。

 視聴覚室に入ろうとしたが、カギがかかっており開かない。


〈続いて敵対プレーヤーの――〉


「――後にして!」


 説明しようとするスキルナビゲーターを制止し、恭兵は廊下の窓を開けて外を見ることにした。幸い窓の下に足を掛けられる出っ張りがあるが、ここは4階、足が竦みそうだが、そんなことは言ってはいられない。

 窓から外に出て出っ張りに足を掛けると、窓を閉めて様子を窺った。

 やって来たのは秋葉あきばと芽愛だ。どうやらアニメで見た、最初に芽愛が襲われる場面のようだ。

 2人が視聴覚室へ入って行くのを確認すると恭兵は窓を開け中へ戻る。

 体力が強化されているので楽々上がることが出来た。

 恭兵は視聴覚室の前に立ち、そっとドアに耳を当てる。微かだが、2人の会話が聞こえる。


「…………それで話って何ですか?」

「…………実はだね。とても言い難いことなんだけど」


 会話を始める秋葉。

 恭兵は拳銃ベレッタを手に取った。


「…………もう学校に居られなくなったんだ」


 会話が進むにつれ恭兵の緊張は高まる。

 その時に恭兵はあることを思い出した。


「そう言えばさっき敵対プレーヤーとか言ってたけど、それって秋葉のことだろ?」


〈いいえ。敵対プレーヤーは……〉


「プレーヤーは?」


禿かむろ 浩次コウジです〉


「えっ……⁉」


 それを聞いて恭兵は絶句した。まさか敵対プレーヤーが浩次だとは思わなかったからだ。


「兄貴も昏睡状態なのか?」


〈その通りです〉


「まさか、兄貴にもミッションがあるのか?」


〈あります。禿 浩次のミッションは〉


「ミッションは?」


〈25時間以内に、このアニメのヒロインである相川あいかわ 芽愛メイの純血を散らせることです〉


「嘘だろ……」


 それを聞き、さらに残酷な事実に恭兵は気づく。

 敵対プレーヤーということは、ミッションが失敗すれば死ぬということ、つまり恭兵と浩次どちらかが確実に死ぬということだ。

 恭兵は悩んだ。

 兄を見殺しにしていいのだろうか?

 いっそ自分が犠牲になるべきではないかとも考えた。自分の作品が書籍化され、夢はかなっているのだからと。


「…………だからなぁ‼」

「…………きゃっ‼」


 その秋葉の声の後に芽愛の悲鳴が微かだが聞こえその後に、ドン‼ という音が聞こえた。


「…………先生、やめてぇぇぇー‼」


 ドアの向こうから微かに聞こえる秋葉の乱暴な声と芽愛の悲鳴。それと同時に恭兵のナビゲーターウォッチがカウントダウンを始めた。


(ゴメン……)


 恭兵は拳銃ベレッタを仕舞い、浩次を助ける為に、芽愛を見捨てようと耳を塞いだ。

 だが、恭兵はこの場面を目にしているので耳を塞板ところで何の意味もない。

 芽愛が襲われるあの場面が頭を過る。

 今ならあの悲劇を阻止出来る。でもそんなことをすれば浩次が死ぬかもしれない。


(どうすればいい……⁉)


 恭兵は今まで経験したことのない迷いに苦しみ、今にも気が狂いそうだ。


「…………助けて、誰かぁぁぁー‼」


 聞こえないはずなのに芽愛の悲鳴が恭兵の耳に届く。

 そして――


「やっぱりダメだ‼」


 襲われていると知っているのに、無視をすることなど恭兵には出来なかった。

 恭兵は一度視聴覚室のドアから助走をつける為に離れ、そして全力で走り出した。


「うりゃぁぁぁー‼」


 恭兵は視聴覚室のドアに向けてドロップキック、ドアを破った。

 部屋のほぼ真ん中に机の脚にガムテープで両腕を拘束させ、ブラが露わになっている芽愛と、その上に覆い被さる様な態勢の秋葉を見つける。


「何だ⁈」


 間抜けな声を上げる秋葉を恭兵は獲物を見つけた猛獣のように睨みつけた。


「離れろ、変態教師がぁぁぁ‼」


 恭兵は勢いをつけ、全力で秋葉の顔面にパンチをお見舞いした。

 すると秋葉は、まるで風に飛ばされる木の葉のように部屋の奥まで飛んで行った。


(腕力も強化されてるのか……)


 それを確認すると、恭兵は芽愛に近づいた。

 芽愛は襲われると思っているのか、怯えて目をギュッと瞑っている。


(無理もねぇか……)


 恭兵は拘束を解くために芽愛の両腕を掴んだ。

 とはいえ、どうも恭兵には芽愛に言いたくてしょうがないことがある。

 それは――


「そもそもお前、こんなところに2人きりで連れてこられたら、何かされる、って思わなかったのか?」

「……え?」


 恭兵がどうしても芽愛に言いたかったことはこれだ。

 なぜかは知らないが、こういうアニメでは、ヒロインが急にマヌケになり相手の男に弄ばれることが多い気がする――恭兵の見てきた物を基準にするとだが。

 恭兵は説教的なことを言いながら、芽愛の両腕を拘束していたガムテープを剥がした。

 肝心の芽愛はと言うと、自由になった自分の両手を見てキョトンとしている。予想外のことだったからか、理解が追い付いていないようだ。

 それを見た恭兵は、なかなか逃げない芽愛の目の前に顔を近づけた。


「早く逃げろ。ちゃんと仕舞えよ」


 芽愛はハッと我に返ったようで、恭兵に頷き、自分の胸元を抑える形で視聴覚室から出ていった。

 クールに振る舞った恭兵だが、


(ヤベェ……あの子エ〇過ぎるだろ……顔赤くなってなかったかな俺、もし2人きりだったら俺も理性が持たなかったかも……)


 などと、内心男に宿る獣の本能を何とか抑えていた。

 これで一安心と芽愛を見送る恭兵に水を差す一言が。


〈警告。相川 芽愛が襲われる可能性があります〉


「え、何!!? ――」


 スキルナビゲーターの思いもよらない警告に恭兵は声を上げた。


「――何でだよ⁉ 秋葉こいつはここにいるのに何で彼女があぶないんだよ⁉」


〈本来のアニメの流れとは違い、禿 浩次のスキルの影響で、この世界のが相川 芽愛を狙います〉


「聞いてないよ⁉ ――っていうか野郎全員って、津波に1人で立ち向かえって言ってるのと同じじゃ……」


 そうナビゲーターウォッチに向かって説教していると、何かがナビゲーターウォッチに反射していることに気づき、一度カウントダウンの表示を切った。

 すると、鉄パイプを持った秋葉が恭兵にゆっくり近づく姿が見えた。ナビゲーターウォッチのディスプレーが鏡の役割をしていたのだ。

 恭兵は振り返ると同時にズボンに引っ掛けてあった拳銃ベレッタを抜き、素早く両手で構えて引き金を引いた。


 バン!


 秋葉の眉間に風穴が開いた。

 シューティングバーで鍛えた――エアガンで、だが――ガンテクニックがここで役に立つとは恭兵も思わなかった。


「今度は相手を見て襲いな!」


 恭兵はそう言って銃口から上がる硝煙を吹き飛ばし、ズボンに拳銃を引っ掛ける形で仕舞った。

 その時恭兵は思った。

 人を撃ったというのに罪悪感が不思議と無い。

 相手がアニメキャラで、更に言えば私欲で女の子を弄ぶ犯罪者ということを理解しているからかもしれないが、もしかしたら自分は人を平気で殺せる残忍な人間なのではと少し不安になった。

 すると――


「きゃぁぁぁー‼」

「ったく……これが25時間も続くのかよ!」


 芽愛の悲鳴を聞いて恭兵は視聴覚室を出て全力で廊下を駆け抜ける。


〈正確には、24時間と59分――〉


「うるせぇー‼ ――ちょっと待って! 兄貴のスキルの影響ってことは兄貴が居なくなったら元に戻るってこと?」


〈理屈的には、その通りです〉


「り、理屈的……じゃ、うかつに相手を殺したりしない方がいいのか……?」


〈既に秋葉あきば 洋二郎ヨウジロウを射殺しています〉


「アイツは良いの!」

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