第一章「ミッション」

第1話 兄弟


 都内にある強大なビル――

 一見するとデパートのような印象を受けるが、ここは総合出版社の「HIRAYAMA」の本社ビルだ。

 恭兵キョウヘイの一番上の兄・利輝トシキが勤めているため、何回も出入りしているが、やっぱり売り込みは緊張する。

 恭兵はバッグを持ってビルの中へ入ろうとしていた。


「おい爺さんどこに目ぇ付けてんだゴラ‼」


 恭兵が声の方へ向いた。

 そこには地面に尻餅を着いている高齢の男性に向かって、眉毛が剃られた坊主頭の如何にも、チンピラです、という容姿の男が顔を近づけ高齢男性へ圧を掛けている。


「あ~腕痛てぇ。こりゃ折れたわぁ、治療費払ってもらうぞ爺さぁん‼」

「す、すみません……許してください……」


(今どき居るのかよ、こんな奴……)


 恭兵はその光景を見て呆れた。

 チンピラは高齢男性の服を掴み、無理やり立たせると拳を握った。このままでは高齢男性を殴りにかかるかもしれない。


「おい、お前‼」


 恭兵はチンピラに向かって怒鳴った。

 目の前で困っている人が居ると、面倒事だと分かっていてもほっておけないのだ。

 チンピラも恭兵の声に反応した。


「何だテメェは⁉」

「お前みたいなのが大嫌いな奴だよ!」

「んだとテメェ‼」


 チンピラは恭兵の顔に向かって拳を打ち込んだ。

 パンッ! と大きな音が響いた。

 しかしよく見ると、恭兵はチンピラの拳を右手で受け止めていた。


「あんたみたいな奴って必ず顔を狙うよね……って言うか、腕折れてたんじゃなかった?」


 恭兵はアクション物の映画やドラマでこういうタイプのチンピラは必ず顔を狙って来ると読んで自分の顔の前に手を出しておいたのだ。


「テメェ‼」

「おい、何をやってる⁉」


 声の主は出版社の警備員だ。


「恐喝です。警察呼んでください!」


 恭兵が警備員に向けていった。

 チンピラは、警察、という単語に恐れ「やべっ‼」と声を上げて逃げて行った。

 恭兵は安堵からため息をついた。



「そいつは災難だったな!」


 恭兵と一緒にビルの廊下を歩いている男が少し楽しそうに言った。

 くせっ毛に白いワイシャツに紺色のズボンと少し地味な格好だが、整った顔を持つ長身の男。

 彼が利輝だ。


「全くだよ。なんで俺が注意されなきゃいけないの……?」


 本来、恭兵が悪いわけではないが、「危ないので二度とやらないでください」と、警備員に注意されていた。


「まぁまぁ、怪我がなくてホントに良かった! もし刑事事件とかになっていたら、そっちがマズかったかもしれないぞ?」

「それもそうだ……」


 利輝の案内でオフィスに通され、その奥にある仕切りで囲まれたスペースへ案内された。

 やがて担当者が現れ、持ってきた作品を渡した。

 今回もアクション物の作品で、恩師を殺されたが捜査に関われない女刑事と、その犯人がいる可能性がある暴力団を狙う暗殺者が手を組み、暴力団との戦いを通して互いに惹かれ合う禁断の恋愛ストーリーが入ったアクション物の内容になっている。

 だが……。


「ウケないと思うよ。今の時代こういう内容は流行らないから……」


 恭兵の作品を途中まで読んだ担当者は、あまり乗り気ではなかった。


「いっそ異世界物とか書いてみたら? あるいは君の兄さんの城之内先生のようにお色――」

「――無理です!」


 恭兵は強い口調で断った。

 城之内とは恭兵の二番目の兄で、ペンネーム・城之内じょうのうち ハル、本名・禿かむろ 浩次コウジのことだ。

 異世界物や主にR指定のムフフ系のジャンルを得意としている今もっとも熱い作家だ。

 恭兵が浩次の書くようなジャンルに手を染めないのにはちゃんと理由がある。

 浩次が得意とするジャンルを書いたとしても、流石、、と結局浩次の手柄になるような結果になってしまう。

 恭兵は浩次のことは嫌いではないが、どうしてもそうなってしまうのが許せなかった。

 だからこそ自分の好きなジャンルで、浩次が書かないアクション物を書いているのだ。

 さっきの恭兵が担当者に浩次の得意ジャンルを薦められそうになった時に強く断ったのは、担当者の言葉がまるで、、と自分を否定されているようで内心腹が立ったからだ。



「ありがとうございました」


 恭兵は一礼をしてスペースを出るとその先に利輝が立っていた。


「どうだった?」

「少なくとも首を立てには振らなかったよ」

「残念だな……」


 恭兵と利輝は利輝のデスクへ移動した。

 すると、利輝のデスクに1人の男が利輝の席に立っていた。

 フチなしの眼鏡に金髪の七三分けの髪型、服装は白のテーラードジャケットの中に青のシャツを着ており、高そうな腕時計やアクセサリーなど、どこかの大手企業の社長のような印象を受ける。


「よう、浩次……」


 利輝はまるで会いたくない相手に会ったような低いテンションで呼んだ。

 彼が恭兵の二番目の兄・浩次だ。


「何だよ兄さんつれないな……おう、恭兵もいたのか?」

「どうも兄貴!」


 利輝と違って恭兵はそれほど浩次を嫌っている様子はない。

 ちなみに恭兵は、利輝のことは「兄さん」、浩次のことは「兄貴」と分けて呼んでいる。


「売り込みに来たのか恭兵?」

「そう」

「またアクション物かい?」

「そう……」

「恭兵……今の時代は異世界物とお色気物がウケるんだよ。現実じゃ味わえない冒険に、人間にとって切ることのできない性の欲望、それを取り入れないと……」

「アドバイスはありがたいけど、あくまで俺は俺の得意ジャンルで勝負したいんだ」

「あ、そう……じゃあな2人とも」


 そう言って浩次はオフィスを後にしようとした時、突然立ち止まり恭兵の方へ振り返った。


「そうだ恭兵。この前ネットに上げたやつだけど、あれ、面白かったぞ。主人公と暗殺者のやり取りが良い」

「ありがとう兄貴」


 そう言って浩次はオフィスを出て行った。


「何しに来たんだアイツ? ――」


 その後も浩次の後ろ姿に向かってブツブツ文句を言いながら利輝は自分の席に座った。


「相変わらず兄貴のことが嫌いなんだね兄さん。どうして?」

「おい、あいつの所為で俺たちが両親あいつらから邪魔者扱いされたんだぞ。嫌いになって当然だ」

「そりゃ俺だって両親あいつらは嫌いだけど、偶に兄貴はアドバイスしてくれるし、さっきの言うことも一理あるかも。それに兄貴はちゃんと俺の作品見てくれるし」

「まぁな。でもあいつは両親あいつらに溺愛されて自惚れてるだけだ。ちょっと頭がいいからって……」


 利輝は浩次のことは勿論、自分の両親のことも嫌いだ。兄弟の中で一番出来が良いからと何でもワガママを聞いて甘やかし、自分や恭兵の頃は邪魔もの扱いされていた。浩次を嫌う理由は他にもあるが……。

 恭兵も両親のことは中学から嫌いになり、浩次のことも両親に大事にされて、羨ましい、とは思うが、偶にアドバイスをくれる――利輝程ではないが――良い兄だと思っている。


「なぁ恭兵、帰ったら研究しないか?」

「研究……」


 利輝のその言葉を聞いて恭兵はテンションが下がった。

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