第48話 姫様と立食会③
シャルロット姫はサリタを見ると安心したように表情を和らげ、優雅に一礼した。
サリタもそれに応じるように、一歩前に出ると頭を下げドレスの裾を軽く持ち上げる。
「ご招待頂き光栄ですわ。
運命厄災以来ですから2月と少しぶりでしょうか?
お変わりない様子で安心しました」
「その節はどうもありがとうございます。
サリタ様が居なければ、運命厄災の被害はもっと大きくなっていたことでしょう」
「シャルロット様が近衛騎士団を率いて住民をいち早く避難させてくれたおかげですわ」
「王族として当然の務めを果たしたまでです。
――そちらの方は?」
シャルロット姫はオリアナを見て問う。
サリタはオリアナの腕を引いて無理矢理前に出させて、自己紹介するようにと尻を叩く。
「ご機嫌麗しゅうシャルロット姫。
わたしはええっと、ケイリカ伯爵の娘、オリアナです」
「古くからの友人です。
こういった場は不慣れなので、失礼がありましたら申し訳ありません」
サリタが付け加えると、シャルロット姫は小さく微笑んだ。
「不慣れな方にこそ楽しんで頂きたいと、この度は若手貴族のみを招待したのです。
どうか萎縮せず思うように楽しんで下さい」
「はい。それはもう、そうさせて頂く予定です」
オリアナが返答すると、サリタはこれ以上何か言わせると余計なことを口走りそうだからとオリアナを下げさせた。
それから2人は当たり障りない会話を続けていたが、いよいよシャルロット姫は周りからの目線を気にして、サリタの目を真っ直ぐ見て小さく瞬きした。
その合図でサリタの方から切り出す。
「空気の良い場所で話したいわね」
「ええ。でしたらバルコニーへ」
サリタとシャルロット姫、そしてオリアナは会場の奥の扉へと歩いて行く。
誰しもが道を開け、彼女たちについていこうなどと考える不埒な貴族はいなかった。
その代わり、シャルロット姫の従者と、近衛騎士団長イスメトがやや後ろに続き、バルコニーまでついてくると扉の前に立った。
バルコニーはユリアーナ湖の方向へ張り出していて、湖が一望できた。
星の明かりが静かな湖面に映り込んでいたので一面が星空のようだった。
北から冷たい風が吹き付けるがバルコニーには魔力式の暖炉が用意されていて、火の魔力によって暖められた空気は心地よい。
「オリアナ様は――」
シャルロット姫が切り出すとサリタは頷く。
「ユリアーナ騎士団の協力員よ」
それで十分でしょう? とばかりの態度だったが、実際シャルロット姫が気にしていた問題はそれで解決された。
ユリアーナ騎士団の協力員であり、サリタがこの場への同行を許したというならば、彼女はシャルロット姫の事情を把握しているとみて間違いない。
「良い景色ね」
サリタはバルコニーの柵に身体を預けてユリアーナ湖を眺める。
「ええ。この時期は特に」とシャルロット姫はサリタの隣に立った。
そしてサリタは近衛騎士団長が背後にいるのを感じながらも、軽い口調でシャルロット姫へと語りかける。
「そういえば、ティアから伝言があったわ。
就任式の立ち会い許可について感謝してるそうよ」
「その件でしたら決断したのは父上です。
わたくしは一考下さるようにと頼んだに過ぎません」
「シャルが頼んだおかげなんだから、お礼くらい受け取っても構わないのよ」
「そうでしょうか?
サリタが言うならきっとそうなのでしょうね」
シャルロット姫もサリタとはすっかり打ち解けて、お互いを名前で呼び合う。
それからシャルロット姫はか細い声で問いかける。
「あの子は元気ですか?」
あの子。
シャルロット姫がそう呼ぶ相手は決まっていた。
サリタは頷く。
「ジルなら元気よ。元気すぎて困るくらい。
一応伝言だけど、王国祭までには戻るそうよ」
「王国祭まで」ときき、シャルロット姫は穏やかだった表情を少しばかり曇らせた。
「困った子です。
突然いとまが欲しいなどと言って城を出て行くだなんて。
あの子が居ないと身支度も大変です。王国祭が近づくにつれて多忙になっていくというのに……。
このようなことをあなたに頼むのは憚られますが――」
「伝言くらいお安いご用よ」
サリタが別に構わないと示すと、シャルロット姫は表情をやや明るくして、はっきりとした口調で言づてを伝えた。
「では、王国祭までとは言わず、今すぐにでも戻ってきて欲しいと」
「――伝えはするけど、説得まではしないわよ」
「ええ。そこまで頼むのは我が儘になってしまいます。
どうか伝言だけでもお願いします」
サリタはしおらしく頼み込むシャルロット姫の態度に口元を歪めたが、依頼された内容については請け負った。
「伝えるわ。
耳を掴んで言って聞かせて、復唱させる」
「そこまでは――いえ、それくらいしないと人の話を聞かないかも知れません」
「そうよ。
あいつはそういうヤツなんだから」
シャルロット姫は口元を押さえて控えめに笑った。
サリタは眉を上げてそんな彼女を見て、優しい声色で告げる。
「シャルは疲れてそうね。
しっかり休まないとダメよ。
国民に元気な姿を見せるのもあんたの仕事なんだから。
1人で何でもやろうとせず他人を使うのよ。そのためにあんた専属の使用人がわんさかいるんだから、しっかり使ってやりなさい」
「分かってはいるのですが、なかなか難しいことです」
「人を使うのも経験が大切よ。とにかく使って覚えなさい。
王家はうちほど気楽には行かないかも知れないけどね。困った時には相談に乗るわ」
「ええ。そうですね。
頼りにさせて貰います。本当に困った時は相談させて下さい」
「遠慮なく呼びつけて貰って構わないわ。
人手が足りなければオリアナ借りていってもいいのよ」
オリアナは「そんな言い方ってないよ」と不満そうだったがサリタは意に介さない。
シャルロットも冗談として受け取って「考えておきますね」と微笑んだ。
「伝えることは以上よ。
他は大丈夫? あたしが優しくしてあげられるのは今だけよ」
シャルロット姫は真っ直ぐに向けられたサリタの青い瞳を見つめ、何か言うべきかと思い悩んだのだが、口をつぐんだまま頷いた。
「そ。
ともあれあまり無理しないことね」
「はい。気をつけます。
伝言だけ、どうかお願いしますね」
サリタは頷き、オリアナと共にバルコニーを後にした。
その後にシャルロット姫も会場に戻るが、サリタはもうシャルロット姫とは距離を置き、挨拶に来る貴族達を適当にあしらいながら、王城のシェフが腕によりをかけた料理を楽しんだ。
◇ ◇ ◇
挨拶回りを捌き終え、料理の方も満足するまで堪能したサリタとオリアナは会場から出た。
会場前のエントランスにルッコの姿はない。
仕方なくサリタは城の使用人を呼びつけて、護衛騎士を呼んでくるようにと言いつけた。
「普通はご主人様が出る頃にはエントランスで待っているものよ」
「そういうの、先に言わないと通じないのでは?」
「言っても通じないから言わなかったのよ」
「なら今文句言う必要もなさそうだね」
オリアナの物言いはサリタを不快にさせたが、確かに尤もだと受け取って、サリタはむすっとした表情を浮かべながらもその場でじっと待った。
しかし何時まで経ってもルッコが来ない。
使用人が仕事をすっぽかしたのではないかと疑い始めた頃、ようやく先ほどの使用人と、それに抱えられるようにして出てくるルッコの姿が現れた。
「一体何をどうしたらこうなるのよ」
運ばれて来たルッコは泥酔していて、顔は赤く、足下はふらつきまともに立つことも出来なさそうだった。
それでもルッコは使用人に身体を支えながら自慢げに宣言する。
「れも負けなかったれす!」
「負けなきゃ良いって話じゃないのよ」
恐らく騎士の控え室で飲み比べでもしたのだろう。
小さい身体で無茶をしたものだ。
使用人が外まで運びますと言うので、サリタはそれを制してルッコの肩を持つ。
反対側をオリアナに持たせて、ルッコの身体を城の外まで運び出し、後は自分の使用人に任せて馬車に積み込ませた。
「泥酔して使い物にならない護衛騎士なんてきいたことないわよ」
「酒場で女引っかけるのとどっちがレア?」
オリアナの問いにサリタはしばらく思案して、それから回答を出した。
「そろそろ馬車係だけさせておくのも可哀想になってきたわ」
「良かったね騎士君」
オリアナが微笑みかける先で、馬車の御者をしていた青年がはにかむ。
そんな気の緩みをサリタは見逃さず、「ヘラヘラするな」と叱責した。
サリタ達の馬車は王城を離れ、ユリアーナ騎士団施設を目指す。
その道中、オリアナが何かを思い出したようにはっとして、それから何だったのかと思案する。
「何か、忘れてるような気がする」
「何かって?」
サリタに問われるも、オリアナは答えを出せない。
「何だろう。
何だっけ?」
「あんたが言い出したんでしょうよ。
思い出せないことなら、大したことでもないんじゃない?」
「そうかも。
うん。きっとそうだ」
それきりオリアナは、何かを忘れているような違和感については深く考えないことにした。
◇ ◇ ◇
翌朝、朝食の場にサリタが出向くと、既に食堂に来ていたルッコがシニカによって祭り上げられていた。
何でも、騎士としての仕事を立派にやり遂げ、何人もの騎士と腕比べをして無敗を誇ったらしい。
サリタには一体何を言っているのか分からないのだが、泥酔したルッコの認識はきっとそうだったのだろう。
シニカがルッコに対して「立派です! 大人の女性です!」などと感激し羨むようなキラキラした瞳を向けているのがやや気になるが、好きにさせておけば良い。
少なくとも護衛騎士の最低限。主人の身は無事だったのだから、仕事をやり遂げたのはかなり大目に見れば嘘ではない。
そんなキラキラしたシニカの目は、やって来たサリタへと向いた。
「あ! サリタさん! おはようございます!
昨日はお姫様とお話ししてきたのですよね!」
「まあね。
大した話じゃないけど。あ、ジル。あんた、後で話があるから」
「それは断っても良い話ですか?」
ジルロッテは絶対嫌な話に違いないと断ろうとするのだが、サリタはきっぱりと言った。
「ダメよ。
逃げたらとっ捕まえて城まで引っ張ってく」
「酷い話です。
分かりました。話は聞かせて頂きます」
ジルロッテは口を開けて笑って返した。
脳天気な彼女は、嫌な話を突きつけられるのすら楽しんでいるようだった。
「うーん。
やっぱり何か忘れてる気がするんだよなあ」
サリタと一緒にやって来たオリアナは、昨晩から頭の中に引っかかる何かについて答えを出せないでいた。
「まだそれ言ってるの?」
「いやあ。何かあったはずなんだよ。
何か――」
思考を整理しようと食堂をぐるりと見回したオリアナ。
その視線が、食堂の奥の方で席に着き、どんよりと頭を垂れている人物に向いた。
「あ、フア!
そうだ! フアだよ!」
ユリアーナ騎士団副団長、フアト・メイルスン。
彼の姿を見ると、オリアナの疑問は解決された。
忘れていたのは彼だった。
「フア?
あ、そういえば」
サリタも気がつく。
昨晩は、シャルロット姫主催の、王国内の若手貴族を招いた食事会だった。
そこでグナグスには会った。
だがもう1人。居るべき人物に会っていない。
「あんた、なんで立食会に居なかったの?
王族派だし、名前だけは古い家なのに」
サリタの無慈悲な問いかけに、どんよりとしていたフアトは更に暗い気分になって身体を震わせた。
彼の様子を案じたオリアナが「大丈夫?」と声をかけると、フアトは勢いよく立ち上がった。
「招待されなかったんだよ! なんでって、こっちが聞きたいよ!?
サリタ君が立食会の話をするまで、会の存在すら知らなかったからね!!」
「泣いてるの?」
フアトは目に涙をたたえていた。
王族派の名家である。それだけがフアト・メイルスンの誇りだった。
なのに誘われるべき食事会に招待されなかったのだ。
「ま、小さい領地だし、忘れられたんでしょ」
サリタは素っ気なく言うが、フアトにとってそれは大問題だった。
彼はそのままジルロッテへと泣き付く。
「何故! 何故ですか! シャルロット様」
泣き付かれたジルロッテは困ったように返す。
「わたくしに問われましても……。
今回の立食会には関わっていないので。
招待リストには間違いなく入っているはずですので、恐らくは送付した人のミスでは?」
「ミス!? ミスでこんな不名誉な扱いを受けるなんて!
次は絶対招待して下さい! 王族派名家のみを招待する社交界に、しっかり僕の名で招待状を!」
「わたくしに言われましても……」
ジルロッテは困った表情で、泣き付くフアトから視線を外しサリタを見る。
サリタは肩をすくめて、それからフアトに対して言い放った。
「下っ端貴族も大変ね」
「下っ端じゃない! 名家! 超名家!」
「弱小の間違いだったわ。ごめんなさいね」
サリタは形だけ謝るが当然それは煽っているだけで、フアトは憤慨して「弱小ではない! ただ少し慎ましいだけだ!」と反論した。
サリタはもうフアトに興味を示さず、じっとジルロッテを睨む。
その視線の意味をジルロッテは理解していて、困ったようにはにかむと、小さく言葉を紡いだ。
「まだまだご迷惑おかけすると思います」
「でしょうね。
でも伝言は聞いて貰うから」
苦笑するジルロッテ。
ちょうどストラが食事を運び込んできたので、一同は席に着き、朝食の時間となった。
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