第46話 姫様と立食会①

 ユリアーナ騎士団の応接室。

 普段は来客を通すための部屋なのだが、今日は貸し切りにされ、たくさんの使用人が出入りしていた。


 王国祭まで1ヶ月を切っていた。

 王都は完全にお祭りモードに移行して、年末に向けて続々と遠方からも人がやってくるような状態だ。

 王国祭を主催する王族達も催し物を開催し、遠方から訪れた有力貴族をもてなす。


 その一環。そして若手貴族同士の交流を兼ねて、リムニ王国相続権第1位。シャルロット・J・リムニステラ姫が王城での立食会を主催した。

 招待されたのは王国内の10代から20代前半までの貴族だ。


 ユリアーナ騎士団のサリタもその立食会に招待されていた。

 王族からの直々のお誘いだ。

 無碍には断れないし、そもそもサリタは今回の立食会に乗り気だった。


 若手だけの集まりなら、この世で最も嫌悪する存在である父親と顔を合わせなくて済む。

 それに格式による招待ではないので、広く同年代の貴族が集まる。

 招待名簿には、辺境小領主の娘であるオリアナ・ケイリカの名前もあった。


 隣に立つのが気の知れた友人であるならば、いつもは退屈な立食会だって楽しい宴になる。

 サリタにとって食事は、何処でするのかより誰とするのかが大切なのだ。

 ついでに弱小貴族共のおべっかに付き合って、シャルロット姫の話し相手になってやるくらいなら許容範囲だ。


 そんなわけでサリタが応接室を占拠して、着替え用の部屋にしていたのであった。


 サリタが叔父に頼んで作らせた明るい色の煌びやかなドレスは、使用人達の手によってサリタとオリアナに着せられる。


「む、無理! もう無理だって! そんなに絞ったら出たらいけない物が出ちゃう!」


 きつめのコルセットを使用人4人がかりで無理矢理に締められて悲鳴を上げるオリアナ。

 サリタは彼女を冷めた目で見て「だから太るなって言ったでしょ」と苦言を呈した。


「太ってない! ただ少し成長しただけ!」


「食べ過ぎよ。

 遠慮しなくて良い。無理矢理にでも締めなさい」


 サリタが冷たく命じると、使用人達は力尽くでコルセットの紐を引ききった。

 オリアナの悲鳴が響いても、誰も手を緩めたりはしなかった。


    ◇    ◇    ◇


「酷い目に遭った」


「あれくらいで情けない。

 全く、少し大きめのドレスも作っておいたあたしに感謝しなさいよ」


「ありがとうリタの叔父さん」


 サリタは細めた目でオリアナを睨む。

 実際、サイズ違いを用意してくれていたのは叔父の機転だ。

 秋から年末、そして年明けにかけては、収穫後というのもあり人が太りやすい季節なのだ。


 ドレスを着終わった2人が騎士団施設の玄関に出ると、団員達が見送りのため集まっていた。


 ルッコだけは見送りではなく、騎士団の正装に身を包み、式典用のマントを羽織っている。

 小柄でぱっちりとした大きな瞳のルッコはまだ子供のように見えるが、それでもぴしっと制服を着るとそれなりに格式高そうな雰囲気を出していた。

 いつもは両サイドで縛っている栗色の髪も、サリタの使用人によってアップスタイルに整えられていた。


「あれ?

 ルッコを護衛にするの?

 騎士君は?」


 オリアナが問うと、サリタはつまらなそうに返す。


「あいつはご主人様が大変なときに酒場で女引っかけてた罰で馬車係に降格させたわ」


「わあ。

 それは騎士君が悪い。

 そういやヘルムートの動乱の時いなかったっけ」


 オリアナも事情を聞くと、これまで長い付き合いのあったサリタの騎士に対して同情も出来ず、馬車係で許して貰えるなんて寛大だなあと感想を述べた。


「でもなんでルッコ?」


 それは「他の人ではダメだったのか」という問いかけだった。

 サリタはこの場に集まっていた面々を示す。


「この中だと一番マシだったのよ」


「へえ。カイとかじゃダメだったんだ。

 あれ、ハルは? 配下でしょ」


 ハルグラッドは名前を呼ばれて「えへへ」と笑う。

 確かに彼女の実家であるカシク城は、サリタの家の領地内にあり、その城伯は配下として扱われる。

 サリタはハルグラッドの間の抜けたのほほんとした顔を一目見て答えた。


「アホっぽかったから」


「酷いですサリタ様ぁ」


 言葉とは裏腹にハルグラッドは笑っていた。

 オリアナもハルグラッドを見て、確かにアホっぽいと納得した。

 

 とはいえルッコの方は子供っぽいし、更にアホでもあるのだが、最終的にはサリタの趣味で決めるのだから誤差のうちだろう。


 サリタが使用人へ合図を出すと、鞘に収められた剣がルッコの腰に下げられる。

 ルッコはそれを引き抜くと、軽く振って重さを確かめた。

 刀身は銀色でよく磨かれていたが、どちらかというと式典用で切れ味はなさそうな代物だ。


「法石があれば武器は出せるのでは?」


 ルッコが首をかしげて問う。

 そんな問いかけをサリタは一蹴した。


「バカだと思われるから剣にしなさい。

 護衛騎士は剣を持つものなのよ。

 扱いは問題ないわね」


「まあ、なんとかなります」


「でも絶対抜いたらダメよ。

 それを抜くのはご主人様が危ないときだけだからね。

 肝に銘じておきなさい」


「自分が危ないときはどうしたら?」


「その時は素手でなんとかしなさい」


 ぴしゃりと言い切られると、ルッコは「なんとかします」と返した。

 そんな彼女の態度にやや不安を覚えたサリタは釘を刺しておく。


「分かってると思うけど、軽い気持ちで手を上げたりしないこと。

 貴族の集まりで問題を起こせば、うちだけじゃなくて騎士団にも問題が波及するわ」


「分かってますよー。

 わたしだってもう大人です!」


 ルッコは自慢げに胸を張った。

 確かに小柄で子供っぽい顔つきをしているが、胸だけはサリタやオリアナよりは相対的に多少大人だった。

 

 サリタがそんなルッコの胸から目を背けたのを見て、オリアナは得心いった。

 オリアナが視線を向けた先。ハルグラッドの胸には、制服がはち切れんばかりの膨らみが2つ。それにハルグラッドはサリタより若干ではあるが背が高い。

 護衛騎士が自分より大人っぽいのが許せなかったから、子供っぽいルッコを護衛騎士にしたのだ。


 更に言えば、同伴にオリアナを指名したのは、まあ要するにそういうことだ。

 オリアナは視線を下に向けて、コルセットとパッドとドレスの素材で無理矢理誤魔化した偽りの膨らみを見て、なるほどこれならサリタの隣に立つにふさわしいと納得した。


 サリタはオリアナの葛藤など露知らず、ルッコに対して言いつける。


「分かってるなら良い。

 でも手を上げるとなったら絶対に負けたらダメよ」


「はい! 頑張ります!」


 ルッコはやる気に満ちあふれた表情で、剣を鞘に収めると、肩を回して見せた。

 そんな子供っぽい様子に皆は不安を覚えたのだが、1人、シニカだけは目を輝かせていた。


「格好いいです! ルッコ様!

 大人の女性です!」


「えへへ。

 そうですか?

 わたし、頑張ってサリタさんの護衛を務めてきます!」


 サリタは「サリタさんじゃなくてご主人様」と訂正を求めたのだがルッコは聞き流した。

 城に入る前なら問題ないとサリタは諦める。

 そんな彼女へと、シニカの憧れの目線が向いた。


「サリタさんも素敵です!

 お姫様と食事会だなんて羨ましいです」


 先月の立食パーティ以来、すっかりシャルロット姫のファンになっていたシニカは羨望の目線を向ける。

 対してサリタは冷めた様子で、ため息交じりに答えた。


「そんないいものじゃないわよ。

 それにあんただって騎士試験に合格したら、いつか招待されるわよ」


「本当ですか!?

 騎士試験、頑張ってみようかな?」


 シニカはまだ地元の港町でやりたいことがあるからと騎士試験を受けないでいた。

 彼女はこの問題についてはまた今度考えようと保留して、その目線をティアレーゼへ向ける。


 ティアレーゼは騎士団の制服に、ケープを羽織っただけの格好をしていた。

 立食会に招待されていないのは明らかだ。


「ティア様は招待されなかったですか?」


「私はまだ貴族ではないので。

 来年は招待されると良いです――でもちょっとドレスは厳しいかも」


 農村出身のティアレーゼは、社交界に出たことなどもちろんない。

 ドレスの着方どころか、何処で買うのかも分からない。

 そもそも食事会に招待されて、そこで何をしたら良いのかも勉強中の身だった。


「年が明けたらドレスの着方も教えてあげるわよ。

 それじゃあたし達は行くけど、何かあれば伝えておくわよ」


 サリタの言葉に、ティアレーゼは1つだけと前置きして、「シャルロット姫殿下に就任式の立ち会い許可について感謝していますと伝えて下さい」と伝言を託した。


 騎士団正門前に馬車がやって来て、サリタ達の出発準備が整う。

 サリタは最後に、見送りに出てきていたジルロッテへと目線を向ける。


「あんたは? 何も伝えなくていいの?」


 ジルロッテは自分を指さして「わたくしですか?」と問いかけて、「無いならいい」と返されると「あります」と答えた。


「王国祭までには必ず戻りますと」


「分かった。

 ――戻る気あるんでしょうね」


「ありますよ。

 ないのでしたらはっきりないと伝えます」


「酷い話だわ」


 サリタは踵を返し、使用人から上着を着せられると馬車へ向かう。

 それにオリアナとルッコも続き、式典用の豪奢な馬車に、従者と共に搭乗する。

 その後ろからは使用人の乗った馬車も続き、計3台の馬車は夜の王都を、月明かりを受けて白く輝く王城へと向けて走って行った。


 

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