第42話 お嬢様の農業支援③


 翌朝、早朝から起こされたサリタ。

 彼女は無理矢理詰め込まれた粗末なベッドの寝心地が落ち着かず寝不足気味だった。

 とろんとした瞳は焦点が合わず、朝食の最中にもそのまま寝てしまいそうだった。


「眠そうだね。

 渋いお茶飲むと目が覚めるよ」


「んん」


 サリタは示されるがままコップに口をつけた。

 たった1口で彼女の目は冴えきり、激しくむせ込む。


「何よこれ」


 喉を押さえるサリタ。

 オリアナは悪びれる様子もなく、とぼけた調子で言った。


「寝ぼすけさん用のお茶。

 収穫は朝が命なのだ」


「もっと穏便な方法で起こしなさいよ」


「えー。随分穏便な奴だけどなあ。

 ともかくさっさとご飯食べちゃって」


「食事くらいゆっくり食べさせなさいよ」


「ダメ。

 収穫は待ってくれないのだよ」


 オリアナに要求を撥ね除けられ、サリタはやむなく残っていた朝食を口に入れ、お茶の代わりに貰った水で胃へと流し込む。

 水も美味しくないなどという苦情はもちろん聞き入れられず、農作業用の服を着せられて外に出る。


 既に領民達は収穫の準備を終えていた。

 広場にしつらえられた小さな壇上にはオリアナの父――ケイリカ領領主が立ち、これから開始される収穫への意気込みと注意事項を述べている。

 領主の彼も作業着に身を包み、貴族と言うより農民代表みたいな雰囲気だ。


 そんな彼の話を領民達はよく聞き、そして指示されるままに各々の作業場所へと散っていく。

 サリタもオリアナに連れられて、北東側にある農地へ向かった。


 赤々と染まった大地。

 若干の水が引かれた土地に、節の多い、褐色の枝みたいな植物が生えていた。


「と言うわけでサリーはここで切り倒し担当ね。

 はい斧」


「庶民の持つものだわ」


 サリタは農具の受け取りを一瞬拒否しようとしたが、無理矢理押しつけられると手に取る。


「サリーちゃんは庶民だから」


「そうね。

 で、どうしたら良いのよ」


 すっかり諦めのついたサリタ。

 彼女は一刻も早く作業を終わらせてやろうと話を進める。


 オリアナは植物の元へと歩み寄るとしゃがみ込み、茎をしっかりと掴む。

 そして反対の手に持っていた手斧で根元を切断し、そのまま地面に倒した。


「これだけ。

 ちょっと硬いのと表面滑るから斧の扱いには注意。

 あと腰痛めないようにね」


「はいはい。

 倒しておくだけでいいのね」


「後ろから刈り取り担当が来て葉っぱをそぎ落として行くからね」


「了解。

 にしてもこんなの本当に食べられるの?

 食卓では見たことないわよ」


 サリタはオリアナが切り落としたばかりの、節のある植物を足先で転がす。


「まあこのまま食べるわけじゃないからね」


 オリアナは植物を拾い上げ、切断面からやや上を切り落とす。

 切り離された植物の端っこを手に持つと、それをぎゅっと握りしめた。

 切断面から汁が滴る。


「これ舐めてみて」


「嫌な予感しかしない――苦っ!! 何よこれ!」


 サリタは受け取った植物の汁を口に入れ、慌ててそれを投げ捨てる。

 彼女のそんな様子にオリアナはケラケラと笑った。


「収穫して春まで寝かせると甘くなるんだよ。

 今はとても口に入れられるものじゃないけど――」


「なんで舐めさせたのよ」


「驚くかなーって思ってさ」


「思い通りになって良かったわね」


 ぽかんとオリアナを叩いたサリタ。

 叩かれたオリアナも「最高だった」と笑う。


「春にはこれがシロップの原料になるのさ。

 サリーも甘いもの好きでしょ」


「それはまあ、好きなほうね」


「でしょ。

 うちで収穫できるものの中じゃこれが稼ぎ頭でね。

 そういう大切な作物だから、手早く正確に頼むよ」


「はいはい。

 切り倒すだけで良いなら楽な仕事だわ――硬い!」


 サリタはオリアナを真似て植物の根元を手斧で切断しようと試みた。

 だが斧の切っ先は植物の表皮に浅く傷をつけただけだ。


「硬いって言ったじゃん。

 刈り取り担当に追いつかれないように手早くね!」


 オリアナはそう言って笑うと、中腰になって次々に植物の根元を切り落としていく。

 サリタもそれを追うべく、今し方切断に失敗した植物の根元へと斧を勢いよく叩きつけ、表皮で滑った斧の刃で指先を怪我した。


「こんの、斧風情がこのあたしに――」


「斧に文句言ってる暇あるなら手を動かしてー!

 後ろの人困ってるよー!」


 サリタの背後には既に農民が来ていて、刈り取るべき茎はまだかと待ちわびていた。

 サリタは庶民に急かされた屈辱に唇を噛みつつも、手斧を握り直すと次々に植物をなぎ倒していった。


    ◇    ◇    ◇


 早朝に始まった農作業は夕刻遅くまで続いた。

 町の周囲に整備された農場で刈り取られた植物は、紐で束ねられて保管庫へと仕舞われる。

 それが再び日の目を見るのは冬が明けてから。

 その時には、苦かった汁もとびきり甘いシロップに生まれ変わっている。


 農民達は1日の労働の後でも晴れやかな笑顔で、いっぱいになった保管庫の前でお祭り騒ぎを始めていた。

 サリタはそんな人だかりから距離を置いた場所に居たが、オリアナが彼女の姿を見つけて声をかける。


「お疲れ。

 いやー、初めてにしては良い働きぶりだったよ。

 うちで働いてみない?」


 オリアナに水の入ったコップを手渡されたサリタ。

 ため息交じりに返答する。


「バカなこと言ってんじゃないわよ。

 ――やっぱり美味しくない」


 サリタは水の味に苦言を呈する。

 コップを突き返すと、オリアナはそれを飲み干した。


「見ての通り、この辺りは水の魔力が少ないからね。

 汗かいたでしょ。お風呂入る?」


 問われると、サリタは無言のまま大きく頷く。


「じゃあ一旦お屋敷に帰ろうか」


 お屋敷と言うには粗末すぎる家屋を思い浮かべながらも、サリタはオリアナと共に帰路についた。

 そしてオリアナの部屋で着替えを済ませ、差し出されたタオルを受け取る。


「ちょっと歩くから靴ちゃんと履いてね」


「歩くって、お風呂入るんじゃないの?」


「そうだよ?

 ――ああ。お屋敷のお風呂なんだけどさ、魔力式の湯沸かし器が壊れちゃって」


「直しなさいよ」


「うちに魔道具直せる術士雇うお金があると思う?」


 その問いかけは尤もだった。

 だったら魔力式の湯沸かし器なんて導入するなと言いたいところだが、領主も見栄を張ったのだろう。


「で、どこまで行くの?」


「温泉。

 温泉だけはたくさんあるからね」


「近くにあることを願うわ」


 嫌味を込めて言ったサリタに対してオリアナははにかんで、「まあそんな遠くないよ」と先導した。

 オリアナの「そう遠くない」は時間にして15分ばかりで、冬に片足を突っ込んだこの時期、帰りは地獄だろうなとサリタは覚悟を決めていた。


 温泉は赤々とした岩山の途中にあって、入り口に粗末な小屋が建てられていた。

 2人はそこで服を脱ぎ、温泉へと足を踏み入れる。


 石を並べただけの浴槽。

 岩の割れ目から湧き出した温泉がたたえられて、その水面は白く濁り、独特の香りを放っていた。


「ちなみに飲んだらダメ」


「臭いで分かるわ。

 数少ない水の魔力も、温泉になって出てきたら飲めやしないわね」


「そうなんだよ。

 農地に撒くわけにもいかないし、厄介なもんだよね。

 その分、お風呂として使うには最高だよ」


「そうあることを願ってるわ」


 2人は身体を流すと、早速温泉につかる。

 サリタは足先を湯につけると「クソ熱い」と文句を言っていたが、しばらくちびちびと足先を慣らしてから身体を湯につけると「これくらい熱いのも悪くないわね」と表情を緩ませた。


 温泉は吹きさらしで、天井はもちろん壁もない露天仕様だ。

 周りに人が居れば丸見えだがオリアナはお構いなしだった。

 そんな彼女の態度を見て、サリタも周囲に気を向けるのをやめた。

 

 オリアナはその場で首まで湯につかり、ほっそりとした腕に温泉をかける。

 痩せ気味の彼女は16歳なのだが、女性らしい魅力とは無縁の体つきをしていた。

 サリタも人のことを言えたものではないが、オリアナのすとんとしたほぼ真っ直ぐな胸板を見て、自分もまだマシな方だと認識を改めた。


 しばらくするとオリアナは温泉を泳いで対岸――ケイリカの町が見下ろせる崖の端っこまで移動すると、サリタへと手招きした。


 動きたくないサリタだったが、仕方なしに立ち上がり、崖際へ。


「で、なに」サリタが問う。


「ここからだと町が見えるのさ」


「町ね。

 あたしの感覚だとあれは村よ」


 見下ろした先のケイリカの町を見て、サリタは率直な感想を述べた。

 それにはオリアナも苦笑して、「違いないね」と返した。


「リタにはどうしてもケイリカの町を見て欲しくって」


「それでわざわざ農作業手伝わせたわけ?」


「そうだけど、嫌だった?」


 問いかけるオリアナに対して、サリタは頷いて見せながらも口では「別に」と答えた。


「町――村はどうだった?」


 問いかけに回答を逡巡するサリタ。

 しかし彼女はいつもの彼女らしく、率直に、思いのままを述べた。


「酷い土地だわ。

 他はともかく、あのクソ硬い植物しか育たない農地はなんとかならないの?」


「それを言われるとなー。

 そもそも農業に向いた土地じゃないからね。

 むかーし水術士とか雇ってみたけど、まるで効果なかったし」


「山は何か出ないの」


「そっちも全然。

 鉱山経営しようと先々代から手をつけてるけど、法石のカスみたいのしか出なくって、細々と赤字にならない程度でやってるよ」


「ま。そういう土地もあるわね」


 サリタは素っ気なく返した。

 誰もケイリカの地に豊かな農業収入も鉱物資源も期待していない。


 ここは3方を高山に。残る1方を山に囲われた陸の孤島。

 この地に求められる役割はただ1つ。

 もし高山を越えて隣国が攻め込んできたら、攻め込まれたと報告するだけ。


 ケイリカの地に敵が踏み込めば、王国は西側の山に布陣して迎え撃つ。

 陸の孤島であるケイリカには、軍隊も食料も輸送するのは困難だ。

 西側の山を塞いで持久戦に持ち込めば、あとは勝手に敵方が消耗して自滅する。


 だからケイリカの地は豊かである必要はない――それどころか、豊かでなければないほど良い。

 戦略上重要な、捨て石のような場所だった。


「林業も上手くいきそうにないしなあ」


「そういえばこの辺の木、変な色してたわね。

 まるで皮がはげたみたいだった」


「そりゃあ皮を剥いだんだよ」


 オリアナの返答にサリタは目を細めた。


「なんでそんなことしたの?」


「食べたのさ」


「木の皮を? 何で?」


 サリタは本当に訳が分からなくて問う。

 オリアナも「まあ分からないよね」と肩をすくめる。


「魔力枯れの時はシロップがほとんど作れなくて。

 備蓄食料もほとんどないから、虫とか草とかしか食べるものがなかったのさ。

 そういうのも食べ尽くして、行き着いた先が、木の皮」


「そもそも食べられるの?」


 信じられないといった風に尋ねるサリタ。

 オリアナはにっと笑った。


「食べてみる?」


    ◇    ◇    ◇


 結果なんて分かりきっている。

 木の皮が美味しいわけがない。


 そう分かっていたのに、サリタはオリアナの提案に「1口だけ」と返してしまった。

 温泉を上がった2人は帰りに寄り道をして、木の皮を剥いでいく。

 オリアナ曰く「この町の周囲で一番美味しい木」らしい。


 屋敷に戻ると厨房に赴き、オリアナは小さな鍋に水と木の皮をぶち込んで煮込み始めた。

 鍋が沸騰してからも火は止めない。

 それどころか薪を継ぎ足していく。


「木を使って木を料理するなんて前代未聞ね」


「ちゃんと煮ないと大変なことになるのだよ」


「それはきっと食べ物とは呼ばないわ」


「どうかな? 口にしてみるまで分からないよ」


 分かっている。

 まずいだろうなと見当はついている。サリタが分からないのは、それがどれほどまずいのかと言う点だ。

 オリアナによる木の皮の調理は長時間にわたり、サリタは慣れない農作業の疲れから机に肘をついたまま寝てしまった。


「出来たよ」


 オリアナがサリタの肩を揺する。

 眠い目をこすり目を開けたサリタ。

 彼女の前には、すっかり煮込まれてふやけた木の皮が、鍋に入ったまま置かれていた。


「今までの寝起きの最悪を更新したわ」


 目の前に鎮座するそれに、サリタはそう判断を下した。

 オリアナが楽しそうに「これまでの1位は?」と問うと、サリタは「今朝よ」と返す。


「でもかえって良い結果になるかも知れない。

 最悪ってことは一番だから。きっと忘れられない思い出になる」


「そうね。

 きっとそうなるわ」


 オリアナは箸で木の皮の1欠片を拾い上げ、小さな皿に移した。

 差し出されたそれをサリタは睨み付ける。


「やっぱりやめない?」


「えー、折角煮込んだのに」


「食べ物のビジュアルじゃないのよ。

 完全に木の皮だもの」


「紛れもない木の皮だからね。

 コツはよく噛むこと。

 絶対に中途半端な状態で呑み込んだりしないで。大変なことになるからね。

 無理だと思ったら吐き出すこと」


「食べ物に対する説明じゃないわよ」


「それくらい貴重な食べ物なのさ」


 さあさあと急かすオリアナ。

 サリタは渡された箸で木の皮をつまみ、意を決して口に入れた。


 切り倒したばかりの木の香りが口の中に広がる。

 味は――感じない。正確に言うのならば、味覚ではなく痛覚が、これは危険で口に入れてはいけないものだと警告を出している。


 苦いんだか渋いんだか分からない。

 とにかく未知の味であるのは間違いない。

 噛めば噛むほど苦痛が押し寄せてくる。

 もしこれを食べ物だとのたまう人間がいるのなら、そいつの前世はカミキリ虫か何かだったのだろう。


 サリタは顔を歪めたが、吐き出したらオリアナに馬鹿にされるからと、根性で耐えきり咀嚼し、いくら噛んでも飲み込める状態にならないクソ硬いそれを無理矢理にかみ砕き、そしてゆっくりと飲み込んだ。


 喉元を通り過ぎても顔は歪んだままで、オリアナが差し出した水を飲み干して尚、口の中には木の皮の異様な存在感が残っていた。


「どう?」


 無邪気な笑みを浮かべてオリアナが問う。

 サリタは返した。


「この世の食べ物とは思えない」


「だよね」


 オリアナは笑い、自身も木の皮の欠片を鍋から拾い上げるとそのまま口に入れた。

 数回噛んだ彼女は、顔をしかめる。


「やっぱりとんでもなくまずいね」


 時間をかけてゆっくりとそれを飲み込んだ彼女。

 それでもサリタに対して笑みを向けてみせる。


「でもさ。こんなんでも、他に食べ物がないときはご馳走に思えるんだよね」


 サリタはため息をついて、鍋に残った木の皮を一瞥して言った。


「こんなの食べないといけないくらい困窮してたなら言いなさいよ。

 配下が困ってたら助けるのが宗主の務めよ。

 逆に困ってたら報告するのが配下の務めなのよ」


「ありゃ。そうだったんだ。

 じゃあ次からそうさせて貰おうかな」


 はにかむオリアナ。

 彼女もこれ以上木の皮を食べる気はないらしく、箸を置いて笑う。


「でもリタの家に遊びに行くたび、お土産に食べ物たくさんくれたでしょ。

 あれのおかげで領民も飢えずに済んだよ。

 あれがなかったら、わたしも山賊に鞍替えしてたかも知れない」


「とんでもない話だわ」


 オリアナは「そうだよね」と悪びれる様子もなく笑った。

 それから彼女は真面目な顔つきになって告げる。


「ケイリカはこんな土地だけどね、わたしも次期領主だから、この地をもっと良くしたいと思ってる。

 だからリタも、たまに遊びに来てくれると嬉しい」


 サリタは大きくため息をつく。

 粗末な屋敷。まずい水。乾燥し、植物もまともに育たない環境。

 全くろくでもない土地だ。


 サリタは細めた目でオリアナを睨んで答える。


「だったら迎賓館くらい整備しなさいよ。

 温泉、たくさん沸いてるなら1つ専用にしなさい。

 建設費と維持費くらい出すわ。

 そしたらユリアーナ騎士団の暇人共にも、たまに遊びに行くように言っておくわ」


「なるほど! 迎賓館ね!

 超助かる! ケイリカを最高の場所に出来そうな気がしてきた!」


「多分気のせいよ」


 サリタの冷ややかな反応はオリアナの耳には届いてなかった。

 やる気になった彼女は立ち上がり、右手を掲げて次の目標を叫ぶ。


「目指せケイリカ領独立!」


「本性が出たわね」


 宗主の娘の前で独立宣言しても、オリアナは悪びれる様子もなく、迎賓館の立地についてあれこれ案を出す。

 サリタもそれに対して注文をいくつもつけ、いつしか夜も更けていった。


    ◇    ◇    ◇


 翌朝、私邸へ帰るために早起きしたサリタ。

 使用人ウトの作った朝食を食べ、帰り仕度をして外に出た。


 見送りにはオリアナとウトが出てきた。


「ちょっとしたら王都に行くよ」


「遅れないようにね。

 あと、ドレスもう作ってあるから太らないように」


「難しい注文だ」


「作り直しになったらあんたが支払うのよ」


 お金の話をされると途端にオリアナは態度を変えて、絶対に太らないと誓った。


 サリタが出発しようとすると、ウトがそれを呼び止めた。

 彼女はサリタのめくれていた上着の裾を整える。


「悪いわね」


 ウトはしわくちゃの顔に笑みを浮かべてしゃがれた声で返す。


「いえいえ。これが仕事ですから。

 何もない場所ですが、また是非遊びに来て下さいね。サリタ様」


 返事をしかけて、サリタは自分の名前が呼ばれたのに気がついた。

 すっかり老けて目も半分閉じているが、ウトにはしっかりサリタが何者なのか見えていたのだ。


「考えとくわ」


 庶民の服を身に纏ったサリタだが、上着を翻し優雅に一礼すると、ケイリカの町から旅立った。

 帰りは1人だが、地図もあるので迷わない。


 農作業にかり出されるわ、食べ物とは思えない汁だの皮だのを口に入れられるわ散々だったが、得るものも少なからずあった。

 サリタは大貴族の娘だ。

 広大な領土もある。農業収入も十分。鉱山資源どころか、貨幣鋳造件もあるのでお金に困ることはない。

 

 でもそんな環境に甘えているだけではダメだ。

 貴族として、領地と領民と向き合わなければ。

 その点においてオリアナはサリタのずっと先を行っていた。


 年末にはティアレーゼの就任式。

 断絶していたイルディリム家が再興し、王国は再び、リムニ王家、ダルガランス大公家、イルディリム護国卿による3大貴族統治となる。


 世界は魔力枯れから復興の途上にある。

 この期に領地をどう復興させ、発展させていくのか。そして王国内での立場を、更に言えば王国自体をどのようにしていくのか。


 貴族の責務といい加減まともに向き合わなければいけない。

 サリタは決意を新たに、私邸へと駆け抜けた。


 早朝に出て、昼過ぎには私邸に戻って来られたサリタ。

 出迎えの使用人達に指示を飛ばしながら自室に戻り、従者を呼びつけて着替えを手伝わせる。


 染めていた髪も金色にし、外していた髪飾りも付け直して、着替えが終わるとすっかり大貴族のサリタに戻っていた。

 彼女は食堂に赴き、遅めの昼食をとる。


 食事が終わったら直ぐに王都に経つからと、使用人達に準備をさせる。


 食事を終え、食器を下げさせるサリタ。

 彼女の側に居た従者は、使用人が運ぶ食器が空になっていたのを見て、小さく微笑んだ。


「野菜嫌い、直されたのですか?」


 従者の問いかけに、サリタは不機嫌そうに目を釣り上げた。


「別に。

 ただクソまずくないだけマシってだけよ」


 直ぐに出発すると、大股で屋敷の外へと向かうサリタ。

 従者は彼女の一歩後ろについて、「良い経験をなされたのですね」と微笑む。

 サリタの耳には届いていたはずだが、彼女は何も返さず、そのまま馬車へと乗り込んだ。


 

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