第29話 小遣い稼ぎ①
この世界において術士は大変に重宝される。
自ら魔力を産み出す力を備え、それにより身を守り、身体能力を引き上げ、武器を具現化する。
術士にはランクが存在するが、基礎術士と呼ばれる術士となって日が浅い能力者ですら、上記の全てが出来ると考えて間違いない。
基礎術士に対してですら、術士でない人間は刃が立たない。
それが更に強力な高位術士となれば尚のことだ。
それほどに術士と非術士との差は大きい。
だが、術士は簡単には増やせない。
術士になるためには、成長期の終わる遅くとも20歳までに、法石によって魔力開封を済ませなければならない。
されど法石は貴重品だ。
女神の涙とか呼ばれることもある法石は、古くは女神教会によって供給量を管理されていた。
女神教会の影響力が小さくなった現在でも、各国家が法石の流通量を管理している。
法石は特殊な鉱石で、採掘箇所が限られる。
それに今大量に法石を採掘できる鉱山でも、ある日突然全く法石が掘れなくなるというのも往々にしてあり得る。
法石は――もとい法石によって産み出される術士は、当然、戦闘において大きな役割を持つ。
一度誰かの魔力開封に用いられた法石は使い回せない。
となれば、国家は突然の戦争や災害に備えて、法石をある程度備蓄しておかなければいけない。
自然と流通量は減らされ、魔力開封を行える程の大きさの法石は、非常に高価となってしまう。
それを20歳までに購入して魔力開封出来る人間は限られる。
術士のほとんどが貴族か教会関係者だ。
されど当然、例外もいる。
ユリアーナ騎士団正団員。ルッコもその例外だった。
彼女は平民であったが、祖父が林業で大成し、その資産によって法石を買い与えられた。
現在15歳。
栗色の髪を後ろで2つにまとめた、小柄で可愛らしい少女だ。
大きくぱっちりとした瞳は彼女の旺盛な好奇心をよく現していた。
常に前向きで太陽のように明るい彼女は、多少おバカなところがあったものの、騎士団内では皆に好かれていた。
そんな彼女は、家具作りの廃材で作った木彫りの像を手に、フアトの元へと売り込みをかける。
「これはですね、わたしの実家のある地方では有名なお守りです。
部屋に置いておくだけであら不思議。
ミトさんに怒られる可能性を減らすことが出来ます」
「そんなピンポイントなお守りがあるかね。
そもそも、確かに我がメイルスン家は伝統ある名家ではある。
――あるが、伝統はあってもお金まではないのさ」
悲しい表情をたたえて事実を告げるフアト。
お金がない。
そのシンプルな言葉に、ルッコはすっかりフアトに対する売り込みを諦めた。
「お金がない貴族もいるんですね」
「はっはっは。
お金はないが伝統はあるさ!」
「伝統でお腹は膨れないです」
見切りをつけて立ち去ろうとするルッコ。
されどフアトも、名家の意地をかけて彼女を呼び止めた。
「まあ待ちたまえよ。
お守りは買えないが、ルッコ君が是非にと言うのであれば、君をメイルスン家のお抱え騎士にしてやっても良いぞ!
伝統と名誉ある職務だ!
どうだ、魅力的だろう?」
ルッコの瞳は輝きを見せなかった。
フアトの提示した名誉とか伝統には、あまり興味はないのだ。
山林育ちのルッコにとってそれらは無価値に等しい。
「ごめんなさい。
お金がないのでしたら、フアト君の持っている物で欲しいのは、副団長の称号くらいです」
「はっはっは。
いかにルッコ君の頼みでも、流石に副団長の座は――
あれ? もしかしてルッコ君、副団長の座を狙ってる!?
ちょっと待ってよ! 騎士団立ち上げの時に、僕こそが副団長にふさわしいって一緒に決めたじゃないか!」
「昔の話です。
あ、サリタさんだ!
では失礼しますね!!」
サリタの方が貴族の格も所持金もずっと上だ。
ルッコはフアトとの会話を途中で切り上げて、サリタの後を追いかけて食堂に駆け込んだ。
「ぼ、僕は絶対に副団長の座を守ってみせるぞ!」
1人、副団長の称号を奪われては騎士団内での居場所が危ぶまれるフアトは決意を固め、次の人事考課までにティアレーゼに取り入っておこうと決意するのであった。
◇ ◇ ◇
「サリタさんお茶をお持ちしました。
ティアちゃんもおかわりどうぞ」
ルッコは自ら給仕を買って出て、サリタと、食堂内にいたティアレーゼへとお茶を振る舞う。
「で、今日はどんな相談よ」
ルッコが何かを売りつけに来るのは、サリタにとっては日常茶飯事だった。
毎回買うわけではないが、趣味が合えばたまに購入する。
それにルッコはお金儲けには目がないのだが、彼女に商才はなく、良い物が安く手に入ったりする。
そして毎度のことながら、ルッコの提示する金額はサリタにとってはタダ同然だ。
ルッコはお小遣い稼ぎ程度で満足しているようで、大金を稼ごうという野心はない。
ふっかけてくることも、あれやこれやと追加料金をせびることもない。
その点、あくどい商法に長けるストラ・スミルとは大きく異なった。
「この置物です。
これは古来より伝わるお守りで、部屋に置いておくと、なんかこう、とっても良いです」
「そういう実用性ないのは買わないって言ったでしょ」
サリタはルッコお手製の、4足で立つ野生動物をデフォルメしたらしき木彫りの像をちらと見て、「ちょっと可愛いかも」とは思ったものの、いらないと一蹴した。
「大体、売り込む気があるならちゃんと細かいところまで考えてきなさいよ」
「でもサリタさんはとてもお金を持ってます」
サリタはその言葉を否定した。
「金なんて大して持ってないわよ。
ああいうのは権力のない奴がもつ物だわ」
本物の名門貴族にとっては、お金なんてのはその程度の認識だ。
必要な物があればお金などなくとも「用意しておけ」の一言で解決する。
万一お金が必要になったら「金を工面しろ」と言うだけで良い。権力さえあれば、手に入らない物は存在しないのだ。
「流石はサリタさん!
本物の貴族です!」
「おだてても買わないわよ。
小遣い稼ぎなら余所でやりなさい。
そういうの、ジルのバカが好きそうだわ」
「なるほど!
ジルさんですね! 良いことをききました!」
ルッコは標的をジルロッテに定めた。
ぺこりとサリタへとお辞儀をして、それからお茶を飲みながら書類の整理をしていたティアレーゼへと向き直る。
「ねえティアちゃん」
「え!? 確かに可愛いですけど、お高い物ですか?」
ティアレーゼは自分が標的にされたと勘違いして変な声を上げたのだが、ルッコはかぶりを振って、木彫りの像を背中に隠す。
「そうではないです。
ティアちゃんは空間を司る天使ですよね」
ティアレーゼはちょっと残念そうにしながらも応じた。
「そうですよ。まだまだ未熟者ですが」
「でも、何でも出来るんですよね?」
「何でもは流石にバツですけど、大抵のことは」
回答に、ルッコは大きな瞳をキラキラを輝かせて、期待に胸を膨らせてティアレーゼに詰め寄った。
ティアレーゼは間近に迫るルッコの顔に驚きつつも「例えば何です?」と問いかける。
「例えば、金とか出せたりしますか?」
「え、いや、それは――」
あまりの内容に驚き、一瞬言葉を失うティアレーゼ。
未だに期待に瞳を輝かせているルッコへと、あたふたしながらも説明する。
「だ、出したことはないです。
でも、出せるかどうかで言ったらマルです」
「出せるんですか!!」
ルッコの喜びは最高潮に達して、今にもくっついてしまいそうな距離までティアレーゼへと顔を寄せる。
ティアレーゼは半身を引きながら言った。
「出せますけど、その、出すかどうかで言ったらバツです。
出しません。天使の力でそんなこと、やってはいけないことです」
「出さないんですか……?」
しゅんとしたルッコは、ちらとティアレーゼを見る。
ティアレーゼは救いを求めるようにサリタを見たが、彼女は巻き込まれるのはゴメンだと、お茶を持って退室した。
ティアレーゼは1人ルッコに向き直り、それから固い意志を持って断言する。
「出しません!」
「そうですか。そうですよね」
立ち上がり、すっかり意気消沈した様子で食堂の出口へ向かうルッコ。
彼女は扉を半分出てから振り返り、何やら意味深な目線を向けたりしたが、ティアレーゼは徹底して「バツです」と言い切った。
ルッコが立ち去った食堂。
ティアレーゼは書類整理を投げ出して頭を抱える。
「だ、出した方が良かった――訳ないですよね。
ルッコさんだって本気で言っている訳ないし……。
大体金なんて出そうとしたこともないし、本当に出せるかどうかも――」
金貨が1枚。ティアレーゼの脳内でチャリンと音を鳴らした。
金貨は見たことある。
金貨の大きさも構成する物質も知っている。
空間の天使の前に、不明な物体はそうそう存在し得ない。
金貨はティアレーゼの脳内にしか存在しなかった。
だが一瞬後には、机の上に金貨の山が築かれていた。
「出せてしまった……」
やってみるとあっけない物だった。
当たり前だ。空間の天使は現在空間に対して絶対的な影響力を持つ。
金貨の創造など造作もないことだ。
がちゃりと食堂の扉が開く。
入ってきたのはユキだった。
彼女は目の前――机の上に築かれた金貨の山を一瞥して、首を傾けた。
「あ、あの、その、これは違うんです!」
何が違うのかを説明せず、とにかく違うという事実だけを伝えるティアレーゼ。
ユキは首を傾けたまま、感情なく淡々と言った。
「金貨を創造しますと、市場流通量が増え価値が下がります。
市場に影響を与えるばかりか、金鉱山、造幣所など広範囲に波及しかねません。
一度に大量の金貨を創造するのは考え物です。
もしお金が必要なのであれば、騎士団に多少の蓄えはあるのでそちらの活用からご一考ください。
ティアレーゼ様が創造するからには理由があるのでしょうが、念のため」
ユキの無感情な忠告に、ティアレーゼはぶんぶんと首を横に振って、決してそんなつもりはなかったと表明する。
「これはちょっと出してみただけなので――誤解、誤解です!」
「では自分はこれで」
ユキは食材備蓄状況の報告書を回収すると、食堂を後にする。
ティアレーゼは机――今は金貨の1枚も載っていない――に突っ伏して、頭を抱える。
「私は天使様の力を、なんてことに……」
ティアレーゼはそれからしばらくの間、自責の念から立ち直ることが出来ず、机に額を押しつけ続けた。
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