電話

鳥山ふみ

電話

翔ちゃん? 翔ちゃんなのね? 


「うん」


ああ、良かった……。どうして電話に出なかったの? お母さん、すっごく心配したんだから……。


「電話、かけたの?」


そうよ。もう何回かけたか……。でも全く通じなくて、位置もわからなくて……。電源を切ってたの?


「ううん、切ってないよ」


そんなはずは……。それより、今どこにいるの?


「駅みたいなとこ」


駅みたいなところ? どこの駅なの?


「わかんない。はじめての場所。すごく小さくて、ボロボロなの」


誰かに連れてこられたの?


「ううん、ぼく一人だよ。学校が終わって、家に帰ろうとして……。でも、いつの間にかここにいたの」


翔ちゃん。お母さん、すぐに迎えに行くからね。だから、翔ちゃんがどこの駅にいるのか知りたいの。駅の名前が書いてある看板がどこかにあるはずだから、探してほしいの。できる?


「うん。…………あれ、かなあ? きぬたほんむら、って書いてある」


きぬたほんむら……? きぬた、ほんむら……。


「お母さんも知らないの?」


ねえ、翔ちゃん。駅員さんってわかる? 帽子かぶって、制服着てる人。もし近くに駅員さんがいたら、電話を代わってほしいの。


「うん。駅員さんだったら、ここにいるよ。……すみません。ぼくのお母さんが話したいって言ってるんですけど……」


ああ、ごめんなさい。その子の母親です。迷子になってしまったみたいで、どこの駅にいるのか知りたいんです。


「……」


もしもし? 聞こえてますか?


「……」


もしもし? ……翔ちゃん、本当に駅員さんに渡したの?


「……」


翔ちゃん?


「お母さん?」


ああ、翔ちゃん。どうしたの? 電話を駅員さんに渡してくれる?


「駅員さんに渡したんだけど、電話持ったまま、何も話してくれなかったよ」


……。


「駅員さんじゃなかったのかなあ?」


ねえ、他に誰か大人の人、近くにいる?


「うん。たくさんいる」


誰でもいいから、他の人に代わってもらえる?


「えーっ、もう嫌だな。他の人、誰も喋ってないし、なんか変な感じなんだもの」


何人くらいいるの?


「うーん……30人くらい」


誰も喋ってないの?


「うん。ぼく以外は誰も」


翔ちゃん、一度、駅の外に出られる?


「たぶん」


この音……。電車が来たのね? 翔ちゃん、電車には絶対に乗っちゃダメだからね! いい?


「あっ、お母さん! ホームにお父さんがいる!」


えっ?


「お父さんだ! おとうさーん!」


お父さんがいるはずないでしょ! 人違いよ!


「ねえ、待って! ぼくだよ! 翔だよ! ねえ、お母さん、お父さんが電車に乗ってゆくよ。 待って、お父さん……」


翔! やめて! 電車に乗らないで! 行っちゃだめ!


「……」


翔? 聞こえてる? 電車には乗ってないわよね? ねえ、何か言って!


「ぼく、分かったよ。学校の帰り道で、ぼくがどうなったのか……」


何を……変なこと言ってるの! 大丈夫。お母さん、すぐに迎えに行くから、ねっ……?


「お母さん……ごめん。ぼく、お父さんと一緒に行かなくちゃいけないみたい」


翔……。やめて……。電車から降りて……。


「今までありがとう、お母さん。さよなら……」


電車から降りてって……。聞いてるの? ねえ、翔。聞こえてるの? ねえってば……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電話 鳥山ふみ @FumiToriyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ