第42話 正気

魔法少女が馬になり、幼児退行したボスが馬に乗る。部下はボスを支える。そんな優しい空間を見て、宇宙人は空から邪魔な雲をどかし、何かを祈っていた。


 そんな危なすぎる光景を、アイズは目撃してしまった。いくら高性能な彼女とはいえ、その光景には衝撃を受けざるを得なかった。


「これは一体どういうことなんですかーー!?!?」


 彼女は電力の限り叫んだ。

 その声は遠い山々にこだまし、海を渡り、風となった。


 その声を聞いた一同は、少しの間すべての行動をストップし、各々が自分を客観的に眺める時間が訪れる。


 まず動いたのは、ボスであった。彼は、アイズの声によって正気を取り戻すと、自分の記憶とこの状況を冷静に判断した。


 彼が最後に見た記憶は、部下との激しい衝突、そして頭と頭をぶつけた場面。そして、今置かれている状況といえば、赤の魔法少女の上にまたがりお馬さんごっこをしている。


 彼の悪の組織たる明晰な頭脳は、全てを判断し結論を導き出す。自分は幼児退行をしていた、と。


 即座に馬から降りるボス。なるべく誰の顔も見ないようにそっぽを向きながら、ぐーっと伸びをする。


「さて、避難訓練も終わったことだし、職務に戻るかぁ。」

 

 その場にいる一同に聞こえるように、独り言を呟くボス。ボス以外の人々も『あ、あー!』と自分に納得させるかのようにぎこちなく声を上げた。


 ぞろぞろとアジトの中に、戻っていくボス、部下、宇宙人。赤の魔法少女も、そそくさと門から外に出て行こうとする。


 1人状況がわからず取り残されるアイズ。内心では非常に混乱しながらも、とりあえずボス達についていく。


「ところで、なんか残ってる仕事はあったかな?」


 ボスは靴に入っている砂を落として、アジトの中に入る。


「そういえば、あの方が例の物を完成させたようなので、試しに行きましょうか。」


 部下もアジト内の自動販売機で、スポーツドリンクを購入する。3本買って、宇宙人とボスに投げる。


 宇宙人とボスはスポーツドリンクを飲みながら、ゆっくりとアジト内のソファに腰掛けた。後からついてきたアイズが近くのコンセントと接続を開始する。


 3人の間に漂う重苦しい雰囲気。ボスは少しだけ頭を掻いた。宇宙人はより深くソファに腰掛け、部下は小さく口笛を吹く。


「ところで、一体あの後、何があったんだ?」


 ようやくボスが重苦しい口を開く。アイズは興味深そうに3人の方を見る。


「あぁ...。まぁ、とても可愛かったですよ。」


 部下は疲れた目を押さえて、何かを思い出すかのように佇む。


「あれは、とても素晴らしい物だった。」


 おかげで、こっちのペースまで崩されてしまったけどね。と宇宙人は微笑を浮かべて答える。


 なんとなくだか、ボスは薄ぼんやりとその時の記憶が蘇ってきた。まだ穢れをしらない自分が赤の魔法少女とお馬さんごっこをしている。


 どうして自分が馬の方にならなかったのかと幼児退行した自分を責めるボス。この後悔は、次に自分が幼児退行した時のために取っておこうと決意した。


「それじゃあ、部下。ひとまずあの人のところへ向かおうか。」


 ボスはすっと立ち上がり、時計と窓の外を見る。


「了解です。」


 そう言うと、部下はいつものように仕事モードに切り替わる。


「そして、宇宙人とアイズはあいつらを介抱してやってくれ。」


 ボスは、外で伸びている黒服達を指さす。


「わかりました。」

「はいはーい。」


 アイズと宇宙人は、それぞれ黒服達の元に駆けていく。


「それじゃ、行くか。」


 ボスは、一歩一歩扉に向けて歩き出そうとする。そんなボスを部下は制止し、頭を撫でる。


 ボスは何か言いたげだったが、撫でられるがまま撫でられる事にした。


「これで大丈夫です。」


 部下は、少しだけ寂しそうに笑って、先へ急ぐ。ボスも部下に着いていくように歩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る