第26話 お昼ご飯は山頂で。

 茜さんは美人の大人の女性。その茜さんと昼飯。俺はお洒落なお店に行くと思っていた。


 だけど違った。コンビニで飲み物を買い、牛丼屋のドライブスルーで二人分の大盛り牛丼を買った。


 昼飯は公園から少し離れた山の頂上で牛丼を食べるだった。そして現在、山頂へ行く上り坂を茜さんの安全運転で移動中。


 助手席に座っている俺の太ももの上にはレジ袋に入った牛丼がある。ほかほかで温かい。


 移動中は雑談をしている。茜さんが気を遣ってなのか積極的に話をしている。


 三年前に茜さんがフラれた時の事や両親が交通事故で亡くなった事などいろいろ話してくれた。


 元カレと茜さんから元カレを奪った後輩は結婚して子供が一人いるらしい。


 茜さんの人生は波瀾万丈すぎた。俺の人生が幸せすぎると思えるほどに。


 ◇◆◇


 山頂に着くと駐車場に車をとめた。山頂といっても手入れされた草原が広がり、街を見下ろせる展望台がある。子連れの家族や恋人がまったりと過ごせる場所になっている。


 今日の山頂には人がそこそこいる。駐車場には車が十台ほどあった。


 昼飯の牛丼は草原で食べるとのこと。レジャーシートも用意してあった。


 車から降りようとした俺を茜さんは『少し待って』と言って止めた。


 茜さんは外を見ていた。視線の先を見ると、子連れの三人家族がいた。二、三歳くらいの笑顔が可愛い男の子を抱っこしている男性。おそらく父親だろう。


 そしてその父親と手を繋いでいる女性。おそらく母親だろう。誰が見ても幸せな家族だ。


 それを見ている茜さんは寂しそうな顔をしている。俺は察知してしまった。あの二人は茜さんの元カレと茜さんから幸せを奪った女だと。


 元カレ家族を見ていると山頂から帰るらしく、車の後部座席のチャイルドシートに子供を乗せ、母親は子供の隣の後部座席に乗り、父親は運転席に乗り込んだ。


 そして車は動き出し駐車場を出て下山して行った。


 茜さんは三人家族の車が見えなくなると助手席に座っている俺を見た。


「ごめんね。気づいたよね。あの家族は元カレと後輩って」


「はい。すみません……」


「謝るのは私の方だよ。結婚して子供がいるのは知っていたし、もう吹っ切れてはいるけど、直接見るのはやっぱり辛いね」


 茜さんの目に涙がたまる。車中の空気が重い。こういう時に俺はどうすればいいのか分からない。


 俺は分からないなりに考える。


 ……考える


 ……考えろ。


 ……ダメだ。何も思いつかない。ちくしょう。所詮俺は十六歳のガキだ。何もできない。慰める言葉も持っていない。何でもいい、動けないなら何か言わないと。


「茜さん、牛丼食べましょ! お腹いっぱいになれば幸せな気分になれますよ」


 って、馬鹿すぎる。ごめん茜さん。俺には気の利いた言動ができない。


「ありがと。真一君は優しいね。そうだね。お腹いっぱいになったらどうでも良くなるよね」


 俺と茜さんは車を降りた。俺の手には牛丼の入った袋とコンビニで買った飲み物が入った袋。茜さんがレジャーシートを持っている。


「茜さん、手を繋ぎませんか?」


 空いている手を茜さんに差し出す。その手を躊躇することなく茜さんは握った。


「ありがと」


 俺に微笑む茜さん。繋いだ手は恋人つなぎになっていた。


 今は六月下旬。暑いと思う日も増えた。今日は暑くもなく寒くもないちょうど良い気温。山頂は心地よい風が吹いて気持ちよく過ごしやすい。


「ねぇ真一君」


「なんですか?」


「今だけ真一君に甘えてもいいかな?」


「いいですよ。どんとこいです。甘えん坊の茜さんを全て受け止めてあげましょう」


「あ〜、言ったな〜。いっぱい甘えるから覚悟してね」


 ところで……俺に甘えるって何するんだろ? 牛丼あ〜んとか? まぁ、そんなところだろう。


 よし、何でもこい。茜さんが望むことを全てしてやろうじゃないか!

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