第22話 許してにゃん。

 バス乗り込み二人がけの椅子に座ると隣の席にいる妹の瑠華は俺の肩に頭を預けグッスリと眠った。


 毎日遅くまで勉強しているから、ゆっくり寝かせてあげよう。


 俺は景色を眺めながらマッタリとバスに乗っていた。


 ◇◆◇


「瑠華もうすぐ着くよ」


「……ふぁい」


 目を擦りながら瑠華は起きた。そして目的地の公園前のバス停に到着したので俺達はバスから降りた。


 公園を見ると約束のベンチに立花さんがいた。瑠華に教えると小走りで立花さんに向かって行った。


 俺は歩いて立花さんのいるベンチへ向かう。


「立花さんおはよ」


「おはようございます、橋野君」


 ニコッと俺に微笑む立花さん。その笑顔に照れてしまった。ヤバイめっちゃ可愛い。


「それじゃあ、早速ケーキ屋に行こっか」


「はい」


「は〜い。瑠華はいっぱいケーキ食べま〜す」


 ケーキ屋は午前十時に開店。腕時計で時間を確認すると、現在の時刻は午前十時三分。


 公園から歩いてケーキ屋に行く。立花さんと瑠華は楽しそうにおしゃべりをしている。俺は二人の後ろからついて行く。


 お店に到着。開店したばかりなので客は少ない。店員にケーキバイキングのチケットと瑠華の分の代金を支払い指定された席に行く。


 ケーキバイキングは六十分の食べ放題でワンドリンク付き。食べ放題の対象はショーケースの中のケーキやシュークリーム。丸く大きなホールケーキは除外とのこと。


 ホールケーキ丸ごと食える奴なんているのか。と思っていたら、瑠華と立花さんが悔しがっていた。美少女恐るべし。


 ケーキは一度に二個取ることができる。俺は最初のケーキ二個でギブアップした。


 二人は楽しくおしゃべりをしながらパクパクとケーキを食べてはショーケースに行くの繰り返し。俺は二人を見ながらコーヒを飲んでいた。


 食べ放題の六十分はあっという間に終わった。瑠華と立花さんは最終的にそれぞれ十個食べた。それでもまだまだ余裕に見えた。


 ◇◆◇


 三人でお店を出てすぐに、瑠華が公園に行きたいと言ったので待ち合わせをしていたベンチへ行った。


「瑠華はちょっとお花摘みに行ってきま〜す」


 そう言って、瑠華はスキップしながらトイレへ行った。


「とりあえず座って待ちますか」


「はい、そうですね」


 俺と立花さんはベンチに座った。公園には親子連れがキャッチボールをしたり、年配夫婦が散歩をしていた。


「明日は体育祭ですね」


「そうだね。瑠華も応援に来るって言ってた」


 明日は日曜日。体育祭は一般公開されているので、雰囲気を知るために瑠華と両親が見に来る。


「あの……」


「ん? どうしたの?」


 立花さんは自分のバックから布製の筆箱を取り出した。


「この筆箱、覚えてますか?」


「……あれ? それって……もしかして俺の筆箱?」


「はい、そうです」


 立花さんが持っている筆箱は、間違いなく俺の筆箱だ。


 その筆箱は高校入試二日目に筆箱を忘れ、顔面蒼白で焦っていた見知らぬ女の子に渡したもの。


 もちろん最低限の筆記用具は筆箱から取って渡した。


 でも、それをなぜ立花さんが持ってるのだろう? 


 ……あ……そうか。


「やっぱりあの子は他の学校に行ったんだね。入学式の時にいなかったから分かってはいたけど……立花さんはあの子の友達なんだね」


「いえ……あの時の女の子は私です」


「……はい? え? マジで?」


「はい。筆箱ありがとうございました」


 立花さんは少し恥ずかしそうにしている。


 ……そっか。そうだったのかぁ。今と見た目が全然違ったから気づかなかった。だからおさげの女の子はいなかったのか。


 高校入試の時の立花さんは、黒縁メガネをかけ、前髪は横に流してヘアピンで止めて、三つ編みおさげにしていた。


 今はサラサラストレートヘアだ。メガネもしていない。コンタクトなのかな?


「ごめん。まったく気づかなかった」


「いえ、私も筆箱返さなくてごめんなさい」


 そして立花さんは俺に筆箱を手渡した。俺は受け取った筆箱を自分のボディバックに入れた。


「あの……橋野君」


「はいよ。何?」


「その……今度は二人だけで……どこかに行きませんか……」


 立花さんは顔が真っ赤になり、うつむいた。


「え、あ、う、うん。そ、そうだね。了解しました」


 立花さんから突然のデートのお誘いに頭が真っ白になった。返事をするので精一杯だ。


「おっまたせ〜」


 瑠華が小走りで帰ってきた。


「おかえり瑠華」


「ありゃ? 二人とも顔赤いよ? どうしたの?」


「きょ、今日は暑いからだよ。日差しが眩しいよな。あ〜、暑い」


「そ、そうですね。うん。暑いから顔が赤いんだよ。暑いな〜」


 立花さんは手をパタパタと動かして顔に風を送っている。


「ほうほう。くんくんくん。お兄ちゃんと沙織お姉ちゃんから甘〜い匂いがしますね〜。くんくん」


 瑠華は俺と立花さんを見ながらニヤニヤしている。


「あ、そうだ。私、用事があったから今日は帰るね」


「え〜。帰るんですか〜、瑠華は寂しいです」


「瑠華、立花さんは用事があるから仕方ないでしょ」


「瑠華ちゃんゴメンね。今度また勉強教えるから許してね」


「じゃあ、『許してにゃん』って言ったら瑠華は沙織お姉ちゃんの事を許しま〜す」


 瑠華、おまえってヤツは……天才か! 神様ですか!


 瑠華の無茶振りに立花さんは困っているようだ。本来なら俺が止めるべきだろう。


 だがしかしっ! 俺は止めない! 絶対に! 立花さんのニャン語を聞きたい!


「言わなきゃダメ?」


「はいです!」


 立花さんは俺をチラチラ見ている。瑠華の暴走を止めてもらいたいのだろう。だが絶対に止めない!


 立花さんは俺が何も言わないので諦めたのか、小さく深呼吸をした。


「瑠華ちゃん、許してにゃん」


「瑠華は沙織お姉ちゃんを許すにゃん」


 顔が真っ赤っかの立花さん。瑠華は満面の笑みで大満足しているようだ。


 ——ぐはっ! 最高かよっ! 瑠華様ありがとうございます!


 そして俺も大満足!


「私帰るね。またね」


 そう言って立花さんは立ち上がり俺たちと別れた。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん。沙織お姉ちゃんと何かあったの?」


「いや別に」


「瑠華は空気の読める女の子だから、これ以上は追求はしませ〜ん。頑張ってね、お兄ちゃん」


「……さて、俺達も帰るか」


「は〜い」


 今日はなんて最高の一日だ。まさか立花さんからデートのお誘いがあるなんて。筆箱のお礼と思うけど嬉しすぎる! あの時貸して良かった〜。


 過去の俺えらい! ありがとうございます! 


 明日は体育祭。このテンションでがんばるぞ!

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