回復魔法殺人事件【異世界ミステリ短編】

イルスバアン

1日目



 言ってしまえば、神のせいで殺されたのだ。


 彼が善良で何も知らない人間であったことは、最初から分かっていた。


 その遺体を何度見たところで、ただの巻き添えにしては酷い死に様だと思うし、自分がどんな狂気に巻き込まれて殺されることになるのか、予想もできなかっただろう。


 けれど、我々が聖なる善と信じるものは、翻ひるがえせば悪となる。



 だからこの事件を語るには、その一日から振り返らなければならない。




 □□□



 火花飛び交う戦場は、どこの世界だろうと存在する。


 丘陵地帯に足音と爆発音。青空を舞うのは赤々とした血の攻防。

 前線には、飛び交う攻撃と倒れ行く兵士たち。

 後方には、重傷を負った何十人もの負傷者。

 この2つの境界を俺はボロボロの担架を握りながら、何度も往復していた。


 崩れた防壁を超えた奥には、治療部隊が仮設の応急処置所がある。

 生と死の狭間にあるこの寝床は、この戦場一番で悲鳴が上がる場所。

 なにしろ、この場にいる百人以上の兵士全員が死にかけているのだ。

 吹き飛んだ手足。血だらけの頭。絶叫をあげる兵士たちが、一息後には永遠の沈黙へ堕ちていく。

 遺体を寝床から移動させようにも、それを上回る負傷者の増加のせいで追いつかない。

 口からあぶくを吹きながら痙攣を起こす兵士を俺は担ぎ込み、まだ前の兵士の血が乾かぬ寝床へ移動させる。




「緊急、誰か手当をできる者は!!」




 そこへ到着したのが、白い聖職服に身を包み、豪華な頭飾りのついた長杖を持った魔術士たち。

 回復魔法を専門とする職業、回復術士ヒーラーである。

 その中の一人、坊主頭の大男が、汗を拭いながら俺の運んだ患者に近づき、胸に手を添えて呪文を唱える。



聖治癒ヒール!! もう少しか、極級聖治癒オーバーヒール!!」



 緑色の光が患者を包んだかと思うと、痙攣が治まり呼吸が落ち着いた。

 患者は目を見開き意識を取り戻し、気道に残る泡のせいでゴホゴホと咳き込んだ。

 俺は急いで患者を横にして気道を確保し、背中をさする。



「ありがとうございます!!」



 そうお礼の声をかけたが、ヒーラーは既に次の患者へと向かっていた。

 辺りを見渡せば、この血と苦痛にまみれた治療所で、同じく白服のヒーラーたちによる回復魔術が行われ、次々と患者が治療されていく。

 

 隣では、聖水を手にかけた細目の青年が呪文を唱えながら、患者の血染めの服に触れる。

 患者が服を脱ぐと、そこにあるはずの傷が存在しない。

 

 更に切り傷のような赤黒い患部を上から撫でれば、一瞬にして傷が消えていた。

 奥の方では、錫杖しゃくじょうを天にかかげた巫女。

 詠唱をすると、辺り一面が緑色に光り、一度に10人以上の治療を行っている。


(これが回復魔術か……)


 実際に目の当たりにすると、その奇跡としかいえない魔術に、ただ驚くしかない。

 だが目を奪われる暇はない。今は一人でも多くの人を助けることが先決だ。

 俺は再び担架を抱えて、負傷者の溢れる戦場へと駆け戻っていた。




 □□□




「いやあ、今日はもうクタクタだな!! お前さん方もよく頑張った!!」



 夕暮れに差し掛かった山道。

 その細い道路を走る荷馬車の中で、隣に座るダイアンが仲間をねぎらう。

 先ほどの戦場で出会った坊主頭の大男の彼だ。

 半日かかった今日の戦闘は、俺たちの支援していた領主側が勝利を収めた。

 役目を終えて報酬を受け取り、兵士は各自元来た街へと帰っていく。

 この一匹の馬と乗り手に引かれた荷車も、街へ戻る途中で、4人が乗り合わせている。

 俺を除けば3人、俺が戦場で見たことのあるヒーラーだ。


 大男のダイアンはあの激務の後でも底なしの元気を見せ、口を拳の入るほどにも開けて愉快そうに笑う。

 細身の青年ルフレは、疲れ切った様子ながら、まんざらでもなさそうに金色の髪を掻いて笑う。

 俺の対面に座るエイラは、あの大魔法で一気に兵士を治療していた少女。

 最初の自己紹介が終わってからずっと、ガタゴトと揺れる車内から遠くに沈む日を退屈そうに眺めていた。

 青色の瞳。夕焼けに染まるピンクの髪。恐らく今回の戦場で一番優秀なヒーラーのはずだが、こうして黄昏れる様子をみるとただの町娘のようにもみえた。


「しかし、久々の大仕事だったなあ。ヒーラーとして長くやってきた俺だが、今回ばかりは魔力を消費しすぎて身体が重いぜ」


「僕なんか元々魔力が少なくて、途中で倒れ込んでしまいましたよ。ヒーラーとしてはまだまだですね」


 ダイアンとルフレの会話が弾むのを、俺はなんとなく相槌を打って聞いていた。

 この三人と違い、俺は回復魔術が、というかそもそも魔術が使えない。

 救護兵として働きはしているが、俺ができるのは医術による緊急処置や担架輸送といった魔力に頼らない活動のみだ。

 なので、魔力だの魔法だのといった、ヒーラーたちの会話には常に適当な態度を取ることにしている。


 俺とエイラの二人が話に加わらないのにダイアンが気付くと、俺へ肩を組んできた。


「おうおう、シンノぉ!! お前さんもへばってんのか? こう同じ馬車に乗り込んだのも何かの縁だ、今夜は俺が奢ってやるから一緒にぱーっと気分を晴らそうじゃないか!お嬢さんもどうだい?」


「……私は遠慮する。お酒、苦手なの」


「そうかい、そりゃ残念だな。なら男三人水入らずで、楽しむとするか!!」


 返答の余地もないまま、打ち上げへの参加が決まってしまった。

 まいったな。戦場を駆け回ったせいで脚がパンパンだから、町でさっさと戦場の匂いを熱湯で洗い流して、今夜はぐっすり眠りたかったんだが。

 などと、誘いを断り切れずあいまいな表情を浮かべたときだった。



 馬のいななき。



 突然、ガタンと車体が右に大きく揺さぶられた。

 衝撃で荷台が九十度に傾き、衝撃で俺は前方へ放り出される。

 目の前には姿勢を崩したエイラ。


「危ない!!」


 激突する寸前、俺は両手でなんとか踏ん張り、彼女もまた俺を下から支える。

 お陰で彼女を押しつぶさずに済み、ホッと息を吐く。

 そのとき、お互いの顔が近づいたことで、エイラの顔がハッキリと見えた。

 今までは鋭くも大きな蒼目が特徴だと思っていたが、広がった髪の中、その耳が三角に尖っていることに気づく。


 エルフだったのか。



「……大丈夫なら離れてほしい」



「あ、ああ、すまない」


 俺が彼女から離れたとき、今度聞こえてきたのは人間の悲鳴。

 外へ出てみると、馬車は道から大きく外れ、木に衝突していた。

 馬はひどく怯えている。乗り手はどこだ。


「魔獣《モンスター)か!! コイツめ、離れろ!!」


 ダイアンの怒り声を聞き振り向くと、犬に似た四本脚の黒い獣が乗り手を襲っていた。

 本来は祈祷用であるはずの錫杖を振り回し、屈強な大男は魔獣を追い払おうとする。

 人数の多さに危険を感じたのか、魔獣はサッと身を引くと山森の奥へと消えていってしまった。


「大丈夫ですか!! ・・・・・・まずい、これは重傷だ」


 ルフレが乗り手に駆け寄り、その傷を見る。

 御者は髭を生やしたやせぎすの老夫。息はあるものの、意識を失っており、何より身体の数カ所に咬まれた傷から出血していた。

 肉や骨を咬み千切られるてはいない。元々乗馬服として、厚革の服を膝下まで、更には大きめの手袋とブーツで肌を覆っていたおかげだ。

 とはいえ、流れた血の量は多く、状態は依然として厳しいものだ。

 エイラは老人の側によると、眉間に皺を寄せた。


「これは、ヒーラーの出番ね。けれど、私だけの魔力じゃ治癒しきれない……」


 戦争帰りで、ヒーラーたちは魔力の殆どを消費しきっている状態だ。

 それでも目の前の怪我人を放っておくことはできない。


「仕方ない、三人で治療部位を分担するわ。ダイアン、魔力はどれだけ余ってる?」


「俺は腹の傷を治すだけで精一杯だ。ルフレは?」


「僕は元々魔力量少なくて……怪我の少ない脚部ならなんとか」


「分かったわ、なら私は上半身を担当する。魔法同士が干渉しないよう、気をつけて」


 回復魔法の使えない俺は、その間、馬車から彼等の荷物を下ろし、錫杖や聖水などの魔術の準備を手伝った。

 あとはただ、固唾を呑んで三人による治療を見守るしかない。



「「「『聖治癒ヒール』」」」



 老夫の身体が輝き始める。頭の痛々しい傷は真っ先に閉じる。

 首から下の身体も、同じく傷が塞がっているのだろう。

 三人とも額に汗を垂らしながら、魔力の一片まで回復にあててくれている。

 やがて光が収まり、三人が乗り手の身体から手を離した。

 けれど老夫は目を覚まさない。まだ顔色が悪く、具合が悪そうだ。


「クソッ! 俺たちの魔力が足りなかったのか!?」


「それとも、魔獣に呪いでもつけられたのでしょうか。ともかく、次にまた襲われる前に、どこか安全なところまで運ばなくては」


 ルフレの提案に、ダイアンは汗でびっしょりとなった自分の身体を拭きながら、辺りを見回した。

 そうは言ったが、ここは街と街との間の山道。民家はなく、野生動物や先ほどのような魔獣が姿を隠してうろついている危険地帯だ。

 加えて夕暮れという時間帯もマズい。山を超えるには微妙な時間で、俺たち以外の通行者は存在しない。

 徐々に木々を覆う暗闇がすぐそこまで迫っていた。


「いや待て、あそこに何か見えないか?」


 俺はその暗がりの奥、道の端で黄色い光が点いたのに気付く。

 それは二階建てほどの山小屋だった。

 分厚い丸太の壁に覆われた部屋の、その中のランタンの明かりが、窓から漏れていたのだ。

 ためらうことなく、俺は走り寄ってその扉を叩いた。


「誰か、誰かいませんか!!」


 家の中からギシギシと床の軋む音がゆっくりと近づいてくる。

 扉を半分開けて出てきたのは、強面の老人だった。

 短髪の白髪に、日に焼けた肌は無数の傷跡があり、ただならぬ雰囲気を漂わせる。

 俺の格好をつま先からてっぺんまで疑うように眺めた後、眉間に皺を寄せた。

 その口調はこの地方独特の訛りを持っていた。


「こんな時間にこんな場所で、何の用じゃ」


「怪我人です! すぐそこで荷馬車が魔獣に襲われて、御者が怪我を!!」


 男は目を見開いた後、辺りを見渡し、そしてまた奥へ引っ込む。

 暫くして帽子と斧を取り出して、玄関から出てきた。



「急いで案内せえ、暗闇が迫っておるぞ」




 □□□




 小屋は、木こりのルルドさんと妻のベルナさんという夫婦の住居だった。

 子供はいるが既に巣立っており、今は二人きりで暮らしだそうだ。


 山小屋は大きな丸太の組まれた強固な外装に反して、中は広い。

 暖炉や食卓といった生活用品は充分にあるし、何より今夜はたくさんの蝋燭が家の隅々を照らしていた。

 棚には本や陶磁器、木製のおもちゃ。家全体に漂う木材の深みある匂い。

 豪華でなくとも暖かみのある空間に、俺はようやく緊張を解いた。


 ベッドを借りて御者を寝かせた後、俺は看護として付き添う。

 戦場と同じように応急処置を一通り終えて、後は回復を待つのみ。

 そしてダイアンたちが壊れた荷馬車から荷物を運び終えたところで、俺は居間に集り改めて夫婦に礼を述べた。

 お腹が減っただろうと、ベルナさんがカップに注いでくれたスープが温かい。


「助かりました。患者に寝床を貸してくれた上に、こんな大人数を泊まらせてくれるだなんて」


「……ええとも、困ったときはお互い様じゃろう」


 ルルドのお爺さんは寡黙だが、その口調は柔らかい。

 この親切に何も恩を返さないのは申し訳ないと、それぞれが街の宿代に少し上乗せした分の金を支払う。

 先の戦争での支払いが上々なお陰で、幸い手持ちには余裕があったし、そもそも夜の街でパーッと酒に消えるはずだった金だ。

 奥さんが「そんなにいただけません」と断りかけたが、恩に報いたい一心なのだと説得して受け取ってもった。


「さて、それではお前たちの泊まる部屋を決めんとな」


 主人がこの家の間取りについて説明しだした。

 一階は今俺たちがいる居間と調理場、奥に主人の作業場と物置。隣接して、旅人用の馬小屋があり、俺たちの荷車を引いていた馬はそこで休ませている。

 二階には、中央の廊下を挟んで、右に1部屋、左には3部屋の寝室がある。

 右は部屋が少ない分、一階へと続く階段が廊下の中央に向かって伸びていた


 個室が多いのは、共に伐採の作業する仕事仲間のため。

 この街から遠い山中では他に家がないので、彼らの泊まる場所として部屋を多めに用意したのだという。

 寝室には窓と大きいベッドが一つ。床には麦色の絨毯。

 簡素だけれど掃除は行き届いているし、野宿よりは最高だ。


「わしら夫婦は右奥の部屋を使おう。夫婦ならベッドは一つで十分じゃからのう」


「貴方たちの運んできた患者さまは、階段に近い左中央に寝かせてあります。でも、そうなると部屋が二つ足りないわね」


 するとダイアンが右手を軽く上げた。同時に今座っている椅子を指さす。


「俺はこれで十分だ。なに、身体は見ての通り丈夫でね。こういう場所で寝るのは慣れてる。家の主人が許してくれればだが」


「ああ、構わないとも。なら、後で毛布も持ってきてやろう」


「エイラさんは女性ですから、個室に一人でいたほうが良いですよね。となると、残りは貴方と僕の二人ですが……差し支えなければ、同じベッドで寝ます?」


 言い方が悪いので変な意味にもとれるが、いや、きっとそういうことではないはず。

 そう、変な意味はないのだろうが、彼の言葉に少し考え込む。

 床で寝るには木が堅い。一方でベッドは、大柄な木こりでも寝れるようにサイズが充分に大きい。

 素性の知れない相手でもないし、一緒の寝台にいても嫌悪感は少ないだろう。

「ああ、そうするか。ただ、寝相は良い方か? 途中で床に落とされたり、変なとこ触られるのは勘弁だぞ?」


「ハハハ」


 ルフレは笑うだけで答えなかった。

 ……些末な不安を残して、これで今晩の寝床について全員が納得した。

 その後は皆で雑談をしたものの、既に全員が疲れきった顔を浮かべていた。

 戦争への参加、回復魔法を使い底をついた魔力、山道での騒動。

 山小屋で休憩したことで緊張から解放された身体は、あっという間に疲労と睡魔に流されていく。

 やがて、誰と言うこともなく会合の席から離れ、各々が部屋へ向かい扉を閉めていった。



 □□□



 慌ただしい一日が終わり、静かな夜の時間が流れる。

 家の明かりは殆ど消され、小屋の内外問わず暗い世界。

 俺はルフレと同じベッドのうち、壁側半分をもらい受けて、互いに背を向けて眠る。


 けれど、妙な不安でもあったのだろうか。


 深夜に目が覚めてしまった。


(……変な時間に起きてしまったな。今は何時だろう)


 部屋に時計はないので、少しだけ身体を起こし、ベッド横の窓から外を眺めてみる。

 山々は一片の光もなく、黒く塗られた壁と取り替えても分からないくらいの真っ暗闇だ。

 しかしちょっとの間眺めてみると、家の玄関から光が漏れる。

 誰かが明かりを持って、外に出たらしい。


(大きめの体格の影……ダイアンか?)


 照明は小さな蝋燭らしく、何をしているのかは分からない。

 夜中に何をしているのだろう。

 そこで俺は、もう一つの違和感に気付く。


(……ルフレ?)


 寝転がった背中から、人肌の感触が消えている。

 振り返ると、そこにいるはずの青年の姿はなかった。

 夜目の利きだした視力で部屋を見渡すも気配はない。。

 俺と同じく、皆も眠れなくなったので散歩でもしているのだろうか。

 けれど、俺は身体を起こすにしては疲労が取れておらず、暖かな毛布の居心地から出る気にはならなかった。


 再び窓の外をみると、ダイアンの姿も消えて、何も見えない暗闇となっていた。

 もう眠ろう。俺は姿勢を戻して、目を閉じた。



 ドン、ドン



 隣の部屋で音がする。

 そこは怪我をした御者を寝かした部屋だ。

 物でも落ちたのだろうか。



 ギィイイ



(……遠くで扉の開く音。 これは隣の、いや、隣の隣の音?)


 そこはエイラの部屋だが、彼女も目を覚ましたのだろうか。

 子供でもないのに、独りきりの夜は、些細な物音がやけに気になる。

 俺は壁際に身を寄せ、ただ眠ることに意識を向けた。

 耳を塞ぐ。目を閉じる。余計な想像が悪夢を生まないよう精一杯頭を空っぽにする。


 やがて、いくら時間が経ったのだろうか。

 足音が部屋に近づくと共に、扉が開いた。心臓が高鳴り、俺はジッと息を潜める。

 その気配は壁際に置かれた荷物へと近づく。

 次にベッドで眠る俺へ迫ると、バッとそれは毛布を剥いだ。

 一瞬、夜の冷えた空気が俺の全身に触れ背筋を寒くさせる。

 けれど、それはもう一度毛布をかけ直すと、寝床に入り込んできた。


 背中に人肌。ルフレが帰ってきたのか。

 そう分かったとき、緊張感が一気に解けたのだろう。



 俺は意識を失った。



 この夜、俺が皆と同じように廊下へ出歩いて入れば未来は変わったかもしれない。

 そんな後悔を、今日の俺は抱え込んでいた。




 第一発見者は、エイラ。


 朝、容態を見ようと御者の部屋を訪れたとき、彼女は叫び声を上げた。

 次いで隣の部屋にいた俺とルフレが駆けつけ、ルルド夫妻も部屋に入る。、

 更に一階からダイアンが階段を上ってきたところで、全員がその惨状を目撃した。



 ベッドで眠っていた御者が死んでいたのだ。



 ベッドに詰め寄った皆の身体で詳細が見えなかったダイアンは、御者のシーツの血痕を見つけると、俺を押しのけた。


「何をやってる!! 今すぐ蘇生魔法を!!」


 回復術師を名乗るなら、会得が必須となるのがこの極位魔法。

 術者の人体にも危険が及ぶほどの魔力を用いて行い、死んで間もない者を蘇らせることのできる奇跡のような魔法である。


 しかし、ダイアンは御者の側に近づいて……それが無意味と知る。

 既に手を尽くしてもどうしようもないことは、誰にも一目瞭然だった。



 ベッドの上で毛布を掛けられ、眠るように穏やかな顔をした男。


 魔獣の怪我が元で死んだのではない。


 その横にあるのは、乾いた血の付いた短剣ダガー





 彼の首は胴体から完全に切り離されていた。


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