第42話

〈ユウ視点〉







モールの映画館に着いて伊織を待つが現れず

上映時間も過ぎてしまった…





伊織の性格上、日時が指定されている

チケットを見ないまま捨てるなんて事は

しないだろうと思いしばらく端の方で

座って待っていると早足で入ってきて

上映スケジュールのボードと腕時計を見て

悩んでいるのが分かった

 




伊織の隣に誰もいないのを確認してから

近づいていき声をかけた…






ユウ「・・・今日一日だけでいい

  明日からはもう…近づかない…」



 



これは、本心だった…

明日からはもうスーパーやレンタルショップで

見かけても、話しかけないし知らないフリをすると

帰る時にそう言って別れるつもりでいた





だから、せめて伊織にとって特別な今日は

一緒に過ごしたかった…

泣いて終わるんじゃなく

笑って手を離したかったから…





伊織との時間は最初こそ気まずかったし

ぎこちなかったが途中からは

伊織も普通に笑ってくれて

手を繋いで歩いていると

また来週、再来週もこんな風に笑って

隣にいるんじゃないかと

錯覚してしまいそうだった…





今日一日と言っても日付が変わるまで

一緒にいれるはずもなく別れる時間が近づくと

伊織もあまり話さなくなっていった…





まだ帰りたく無い俺の気持ちを汲み取った伊織は

以前会った立ち飲み屋に行こうと言って

手を引いて歩き出し俺は少し戸惑った…





せっかくの誕生日にサラリーマンだらけの

立ち飲み屋で生ビールを注文している伊織を見て

また好きになっていく自分がいた…





どんなに好きになっても伊織と俺は

恋愛と結婚に関する価値観が違いすぎるから

付き合っても上手くはいかない…

それが分かっているから

離れることも決意したのに…






「・・・・前みたいに…

 ここで初めて笑った時みたいに…笑ってよ…」






俺を見上げてそう言う伊織は…

あの日ビールジョッキを飲みながら「結婚したい」

と言っていた姿と同じで、抱きしめたくなった…





(・・・なんでッ!・・)





なんで人がせっかく…

必死に離れなきゃいけねーって

思ってんのにそんな

勘違いさせるような事を言うんだ…






ユウ「・・・・それは…お前次第だろ…」






伊織が俺をちゃんと見てくれたら

俺だって、笑えるんだよ…





俺は伊織を連れて店を出ると

あの日のようにホテルに連れて行った…

笑わせてくれよと思いながら…




伊織を部屋に連れ込んでからは

無我夢中で伊織の身体に触れて

いつものように気遣ってやれる事もできず

ひたすら自分の欲だけを伊織にぶつけていた


 



俺は伊織に触れば、触った分だけ…

キスをすれば、した分だけ…

抱けば、抱いた分だけ…

伊織への想いが強くなっていくのに

伊織はそうじゃねーのかよと

荒く抱く事しか出来なかった…






(・・・ツッ・・なんで分かってくれねーんだよ…)






俺の下で鳴く体力もなくなった伊織を見ながら

ドンドン視界が歪んで滲んでいく…





(・・・頼むから…俺を見てくれよ…)





伊織が俺の顔を見て驚いた顔をしていて

自分の顔が涙で濡れているのが分かった…





動きを止めて伊織を見つめながら

ヤッパリ好きだと思い

ドンドン目の奥が熱くなっていく…



 

どうしたら離れない

どうしたら俺の側にいてくれるんだ…

俺がお前の心を望まなきゃ一緒にいてくれるのか?







ユウ「ツッ・・ガキみてぇーな…恋愛はしねぇから…

   …だから…だか…ら…」


 




「・・・・・・・」






泣きながらそんな事を言ってお前にすがる俺は

まさに〝ガキの恋愛〟そのものだ…





伊織は俺の頬の涙を拭いてくれるが

何も言ってはくれず

つまり、それが答えだった…





ベッドに備え付けてある時計を見ると

後数時間で約束の今日が終わる…

そうなれば、伊織の手を離さなきゃいけない俺は

残りの時間ギリギリまで

伊織とこうしていたいとキスをした…





こんなに涙の味がしたキスは人生で初めてだった…






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る