第40話

〈伊織視点〉








映画も見終わって帰る家の方向もほとんど近いから

当たり前のように並んで歩いて帰るが

段々と口数も減っていき

少し気まずさも感じていると





ユウ「夕飯まで付き合えるか?」




握った手を少し強く握って

聞いてくる彼は緊張しているんだろう…





「・・・でも…お寿司食べて…

  映画館でポップコーンも食べたから…

  そんなにお腹空いてないよ…」




そう言うと少し落胆したように「そうか…」と

呟く彼を見て…もう少し一緒にいたくなった…





「・・・・立ち飲み屋で…いい?」





帰り道にある、前に彼と会った

立ち飲み屋を指差して言うと

彼は少し驚いた顔をして「あそこでいいのか?」

と問いかけてくるから、きっと誕生日だから

もう少しいいお店に連れて行こうとしたんだろうと

分かり、首を縦に振って「あそこが…いいの」

と今度は私が彼の手を強く握ってから

手を引いて歩いて行った…




夕方を過ぎていて既に仕事帰りの

サラリーマン達も何人か入っている

立ち飲み屋の端の方に立ち

「生でいい?」と彼に確認すると

ちょっと複雑そうに「あぁ…」と頷いている




カウンターの中のスタッフに

ビールと小鉢を何品か頼んでから

店内にいるサラリーマンに目を向け

最後に優君を見た…





「・・・・・・・」





ユウ「・・・どうした?」





「・・・・んー・・何でもない?笑」





ユウ「何でもないって、明らかに何か言いたげな

  顔してたじゃねーか!笑」






と前みたいに砕けて

話してくれた彼に嬉しくなった…





( 三村さんの言う通りだ… )





誰でもいいなんて…嘘なのかもしれない…

あの日、三村さんに無理な契約をして

このお店で会った優君とホテルに行ったけど…




このカウンターにいるサラリーマン達とホテルに

行くかと聞かれたら…行かない気がする…


 




「選んでないよーで…ちゃんと選んでるんだ…」





ユウ「はっ??笑」





「・・・・・・・」





少しだけ…歯茎が見えた…





ユウ「さっきから何言ってんだ?笑」





「・・・・笑ってよ…」





ユウ「??」





「・・・・前みたいに…

 ここで初めて笑った時みたいに…笑ってよ…」





ユウ「・・・・・・」





彼の顔を見上げたままそう言うと

優君は少しだけ目を見開いて

私をジッと見返した…





ユウ「・・・・・・」




「・・・・・・・」




ユウ「・・・・それは…お前次第だろ…」




「えっ?」





彼はそう言うと財布からお金を取り出して

横のサラリーマンに「頼んだやつどーぞ」と

スタッフにも何か言ってから「出るぞ」と

私の腕を掴んでから歩き出す彼の背中を見ながら

彼が行こうとしている場所が分かり

引っ張る腕を逆に引いて「待って」と彼を止めた





ユウ「・・まだ日付けは変わってねー…」


 



立ち止まった彼は小さな声でそう言うと

前のように私を抱き寄せて荒く口付けてきて…

驚き「ンッ…」と声が出るけど抵抗する言葉は

出てこなかった…





唇を離すと私の顔を数秒見つめてまた腕を引いて

歩き出すから「あの…部屋で」と後ろから

控えめに声をかけると





ユウ「・・・部屋は無理だ」





と背中を向けたまま言われて

また胸の奥がチクリとしたのを感じた



若い時は気にしなかったけど

段々とこうゆうホテルで抱き合うのが

なんとなく〝軽く〟思えるし…

なによりも自分の知らない何百人もの

男女が身体を絡めたベッドやシーツに

寝転ぶのに抵抗があった…



( でも彼は…そこを選んだんだ… )





前回と同じホテルに入りエレベーターに

乗った瞬間また口付けてくる彼に少し驚いて

スタッフからカメラで見られてるであろう

防犯カメラを指差して止めてと促すが…



 


ユウ「悪りぃけど

  今日はお前の言う事は一個もきけねぇ」





そう言われてエレベーターの中だというのに

舌を絡めてくる彼に戸惑っていると

エレベーターが目的の階につき

ガクンと身体が揺れる





扉が空くとまた手を引いて早足に部屋に向かう彼に

今から優しく抱かれる事はないとなんとなく分かり

その予想は大きく的中して部屋に入ってからは

今までの彼の抱き方が手加減していたんだと

分からさせられた…





電気を消してとお願いしても「無理だ」と断られ

いつ終わるのか分からない快楽に恐怖を覚えて

無意識に逃げようとしたのか

ベッドの端のシーツを掴むと

その手は彼の手が重ねられ

逃がさないと言うかのように

アッサリとベッドの真ん中に戻された




長く続く行為に体力は限界を迎えていて

声も出なくなっていった…



お互いの身体は汗で湿っていて私の顔に

ポタッと水滴が落ちてきたから彼の汗かと思い

顔を上げて…驚いた…


 



落ちてきたのは汗ではなく彼の涙だったから…






「・・・・・・・」





彼の目から涙の雫が頬をつたって降りていき

顎の部分でまた落ちそうになっている…





私と目が合ってから彼は身体の動きを止めて

涙で濡れている目で私のことをしばらく見下ろし






ユウ「・・・・ねぇから・・・」






彼の声は掠れていて聞き取れず「ぇっ…」と

私も掠れてやっと出た声で聞き返した






ユウ「・・・勝手に…待ったりも…ねぇ」





「・・・・・・・・」





ユウ「・・連絡も…しつ…くしねぇ…

  お前が疲れるよ…な… 」

 




「・・・・・・・・」





ユウ「ツッ・・ガキみてぇーな…恋愛はしねぇから…」






そう言った瞬間、彼の顎に溜まっていた雫は

私の鎖骨部分に落ちてきて

ピチャッと冷たい感覚がした…






ユウ「…だから…だか…ら…」





「・・・・・・・」





話ながらもドンドン溢れている涙は頬を

つたっていて…〝綺麗〟だと思った…




私はあまり力の入らない右腕をゆっくり動かして

彼の頬をつたう雫を指で掬い彼の顔を見た…





( 多分初めてだ… )





失礼なヤツでも、生意気な年下くんでも…

面倒くさいでも…ただのお見合い相手でもない…





中須 優という男性を

初めてちゃんと見た…





右の掌を彼の左頬全体に当てると

目を閉じて擦り寄せてきて

(猫みたいだなぁ)なんて思い

少し口の端が上がった…


 



目を開けた彼は顔を近づけてきて

口付けると、また激しく私を抱いてきて

途中から意識を飛ばした私は

彼の泣いて悲しそうな顔を見た後からの

記憶は無くなっていた…


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