第9話

〈伊織視点〉









(・・・・・・)





私はその日の帰りに新人時代によく来ていた

立ち飲み屋に寄っていた




コの字型のカウンターでお客さんのほとんどが

サラリーマンかおじさんばかりで女性客は

お連れ様にたまにいる位で

女一人で飲みに来ている私は少し浮いている…





ジョッキを片手にビールを喉に流し込んで

今日の三村さんの顔を思い出して「はぁー」と

タメ息を吐きながら片手を顔に当てた…





(・・・・昔とは全然違うな…)





初めてこの立ち飲み屋に来たのは23歳の時で

初めて契約を取った日だった…

自分の中で少しだけエステティシャンとしての

階段を一つ上がった気がして

マンションに帰る途中にある

この小さくて少し小汚いお店に

近づいて覗いたのがきっかけだった





( あの日のビールは美味しかったな… )





飲んでも美味しいと思えないビールに視線を向けて

仕入れてるランクを下げたんだろうかと

ビールサーバに貼られているロゴマークを見るが

変わっておらずビールの問題ではなく

自分自信の問題なんだろうと理解し

またタメ息がでる…





しばらく自分の前に置かれたカクテキの小鉢を

見ながら何も考えずただぼーっとしていると

視界の右端からポテトサラダの入った

別の小鉢がスッと差し出されてきた





「え?」と思い顔を向けると右隣には

あの時の失礼な年下サラリーマンが立っていた




「・・・・・」




一瞬(なんで?)と思ったけど大して

親しいわけでもないし関わりたくもないと思い

顔を前に向き直して

また自分の前の小鉢に目線を戻した





ユウ「・・・・空きっ腹に呑んだら回るの早いぞ」





「・・・・・・」





ユウ「この前のまだ怒ってんの?」





もう怒ってもないしむしろ忘れていた存在の彼は

あの生意気な笑い顔ではなく

気まずそうに首の後ろに

手を当てながら質問してくる




「・・・・全然、怒ってないから…気にしないで」





そう言って割り箸を手に取り

カクテキの大根のブロックを口に運んだ






ユウ「・・・アンタなんか忘れてたから

  気にしないで、構わないで下さい…か?」





「・・・君さ…その失礼な態度はワザとなの?

  それとも、そうゆう性格で悪気がないの?」





ユウ「ふっ…確かに怒ってはないみてーだな?笑」






クラスにも数人はいる

空気を読めずに場を壊す発言をするタイプ

なのかと思いマジマジと聞いて見ると

何が面白いのか歯茎を見せながらケタケタと笑っている






「・・・ちゃんと可愛く笑えるんじゃない…」





ユウ「可愛い?俺が?笑」





「前はもっと生意気な、人を小馬鹿にしたような

  笑い方だったじゃない…

  だから今みたいな笑い方のほうが

  年下の男の子って感じで可愛いと…思うよ」





ユウ「年下の男の子ねぇ…

  で、なんで一人で立ち飲み屋に来てんだ?」





「・・・・・・」





(あぁ…)と仕事の事を思い出してから

食べる気もないカクテキを割り箸で突いた…





「君さ…結婚って何歳でしたい?」





ユウ「結婚?あんま考えた事もねーよ

  お姉さんは結婚がしたいわけ?」




「君の年じゃそうだよねぇ…」





彼は26歳だったはずだ…

私も彼位の時は結婚なんて〈まだまだ〉

と考えてもいなかった…




でも、今日私がコース契約をした三村さんは

25歳でもう未来をちゃんと手にしている…

そんな彼女に私は…






「・・・・・・・・」





ユウ「・・・何、そんなに結婚してーの?」






私が黙った事に対して

結婚がしたくてたまらない

悲しいアラサー女にでも見えたんだろう

彼は馬鹿にした風でもなく

真面目なトーンで問いかけてきた…



(・・・・っていうか仕事を辞めたい…)




多分私の〝結婚〟は

幸せを手に入れたいわけではなく

ただ、今の仕事を辞めてある程度安心できる

未来が欲しいだけなんだ…






ユウ「・・・・・・」





「・・・・うん…したい…」





そう言ってジョッキを持ち上げてから

ゴクッゴクッとビールを流し込み

帰ろうとバックに手を伸ばすと

パシッとその手を掴まれて





ユウ「もうちょい付き合え」





そう言うと彼はカウンターの中のスタッフに

「生2杯追加であと…」と

何品か食べる物を頼んでいた






「・・・はぁー…明日休みだからまぁーいいけど…

  そうゆう君は何で此処に一人でいるわけ?」





ユウ「別に飲みたくなっただけ」





「ふぅーん…」





ユウ「たいして興味もなさそうだな?笑」





「普段、仕事柄で愛想笑いばっかりしてるから

  プライベートまでは気を遣いたくないのよ」





ユウ「エステティシャンだっけ?」





「あぁ…山下から聞いた?」





ユウ「ああゆう仕事って結婚しても続けんの?」





「・・・皆んな…寿退社」





ユウ「あーなるほど…笑」





彼は薄く笑ってからビールを飲んでいる…

きっと私の結婚したい理由が〝寿退社をしたい〟

なんだと分かったんだろう…





ユウ「仕事が楽しくない?笑」





「・・・仕事は好き・・だったはずなんだけど…」





ユウ「ノルマが厳しいとか?」





「・・・・・・・・」





顔を上げてカウンターのスタッフや

他の席のお客さん達に目を向けた…




誰も私たちの話なんて聞いていないだろうけど

会社の話をあんまりベラベラとするものでもなく

何も答えないでいると彼は「早く食え」と

言って漬け茶漬けの丼ぶりを私の前に出してきた





「・・・こんなに入らないわよ…」





ユウ「余った分は俺が食うから、とりあえず食えよ」





そう言って隣で生ビールを飲みながら

ごま鯖を食べていた…






「・・・・魚料理が好きなのね?」





ユウ「さぁ?笑」






彼が頼むメニューは魚ばかりでそう質問しても

笑って濁すだけで(何なの…)と思いながら

差し出されたお茶漬けを食べた…





半分ほど食べてから「どうぞ」と丼ぶりを

彼の前に置くと今度はさっきのポテトサラダの

入った小鉢をまた私に差し出してきた





「・・・もう入らないんだけど…」





ユウ「それ食ったら出るぞ」





お茶漬けを食べながら言われ「はぁー」と

タメ息を吐きながらポテトサラダを食べた…




お会計を済ませてからだいぶ長居をしてしまった

立ち飲み屋を出て「それじゃ」と立ち去ろうと

すればまた腕を掴まれてグイグイと歩き出す彼に




「ちょっ…ちょっと!何?」




と問いかけると彼は振り返って

「ろうか…」と何かを言ったが聞きとれず

「えっ?」と聞き直すと





ユウ「俺が…貰ってやろうか?笑」





とまたあの生意気そうな笑顔で言い

30手前の独身女をからかって楽しいのかと思い

苛立ちながら「離して!」と腕を振り払うけど

彼の手が私の腕から離れることはなく

グイッと腕を引き寄せられて

視界が真っ黒になった…





唇に感じる生暖かい感触で彼が私にキスをして

いるんだと理解して「ん!!」と驚いて離れようと

するけれど掴まれた腕と肩はビクッともしないで

ドンドン深くなっていくキスに

頭が真っ白になっていく




いつの間にか抵抗を止めていた私は彼の

キスを受け入れていて(何も考えたくない)

と思っていた…





ユウ「じゃーちょっと確認させてもらうわ」






と唇を離してからそう言うと

彼は私の腕を引いて

少し先にあるそうゆうホテルに入っていった…






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