もう一度、やり直したいんです

第35話

 若佐先生が出て行った後も泣いていた私だったが、昼近くになってようやくベッドから出た。

 このまま泣いていても何も変わらない。そもそも若佐先生に会うまでは、何をされても怒らず、泣かないと決めていた。

 それにも関わらず、みっともなく泣いて、若佐先生を困らせてしまった。これではただ若佐先生を困らせる為だけに、ここまで来たようなものだった。

 何も意味が無い。それなら若佐先生の言う通り、日本に帰った方がいい。

 昨日若佐先生に脱がされて、ベッド近くに落ちていた上着を拾うと、何も身につけていない剝き出しの肩に掛ける。身体はまだズキズキと痛むが、これくらい、職場でパワーハラスメントを受けていた頃に比べたら、なんとも無い。

 ベッドルームを出ると、その足でキッチンに向かい、コップを借りてウォーターサーバーから水を貰う。朝からずっと泣いて、口の中がカラカラに乾いていた事もあり、冷たい水が喉に染み入った。

 ふと顔を上げてリビングルームを見渡すと、出会った頃と同じ様に、衣服や本でテーブルやソファー、床の上も散らかっていたのだった。


(先生ったら……)


 苦笑すると、お腹が小さく音を立てる。そういえば、昨日の昼から何も食べていなかった。

 シャワーの前に軽く何か食べようと、冷蔵庫を開けるが、大きな冷蔵庫の中には栄養ゼリーらしきパック飲料と缶ビールが数本のみ。ついでに冷凍庫も空けてみるが、氷しか入っていなかった。

 これではとても空腹を満たせそうにない。


(まさか調味料の類いも入っていないなんて……)


 食に興味が無いと聞いていたが、まさかここまで何も入っていないとは思わなかった。この三年間、どうやって生活をしてきたんだろう……。


(シャワーを浴びたら、買い物に行こう)


 その前にスマートフォンを充電させてもらおうと、ベッドルームのコンセントに日本から持参した充電器を指すと、スマートフォンに繋げる。すると、昨日の不在着信が画面に表示されたのだった。


(そうだった。昨日確認しようとして、そのままだった……)


 不在着信の相手は、若佐先生だった。昨日のメッセージといい、やはり若佐先生は私がこっちに来ている事に気付いていたのだろう。そうじゃなければ、こんな行動、若佐先生らしくない。


(そういえば、私がこっちに来ている事を、お母さん達に聞いたって言ってたような……。聞けたら後で聞いてみよう)


 とりあえずはシャワーを浴びて、何か食べる物を買いに行こうと、私はスマートフォンを置くと、スーツケースから着替えを取り出したのだった。

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