第14話
「そ、そうですね……」
「やっぱり、旦那さんはお仕事が忙しいの?」
「ええ。まあ……。実は日本に帰ってきて、すぐ県外に出張に行ってしまって……」
「あら、そうなの。やっぱり弁護士は忙しいのね……」
若佐先生の話を聞けて関さんは満足したのか、「じゃあ、お先に」と言って、そのままマンションの階段を登って行った。
関さんの姿が見えなくなると、私は溜め息を吐いたのだった。
(若佐先生、帰って来ていたんだ……)
私と若佐先生はあくまで一時的な関係。若佐先生が私に帰国を知らせる必要はないし、私が知らなくても仕方はないが――。
(それでも、やっぱり日本に帰って来る時は教えて欲しかったな。それに、どうして自宅に戻って来ないんだろう……)
ニューヨークで過ごした日々の話も聞いてみたかったが、せめて、元気な顔だけでも見たかった。
仲間外れにされた時の様な一抹の寂しさを感じつつ、マンションのエントランスに並んでいる郵便受けの中から、「若佐」と名前が貼られた自宅のポストを開ける。
ポストから取り出したお店のダイレクトメールやチラシを見ていると、その中に混ざっていたとある一通の手紙に目を引かれたのだった。
「これって……」
すぐに自宅に戻ると、買い物した荷物を片付けるのも忘れて鋏を探す。
リビングのテーブルに座ると、ポストに入っていた手紙をマジマジと見つめたのだった。
「間違いない。これ、若佐先生からの手紙だよね……」
若佐先生が手紙を送ってきた事はこれまでなかったが、万年筆で書かれたと思しき流麗な筆跡は、間違いなく若佐先生の文字だった。
封筒をひっくり返すと、裏面には見覚えのない住所らしきものが書かれていた。おそらく、若佐先生がニューヨークで住んでいる自宅の住所だろう。
赤、青、白の三色で縁取りされたエアメール用の封筒を使ってはいるが、消印は昨日になっており、投函された場所は空港内の郵便局窓口からとなっていた。
(関さんの見間違いじゃなかったんだ……)
密かに関さんの見間違いであって欲しいと願っていたので、意気消沈してしまう。
気を取り直して鋏で封筒を開けると、中からは四つ折りにされた一枚の用紙が出てきた。用紙を広げた私は無意識のうちに読み上げていたのだった。
「離婚届……」
急な事で頭が全く働いていなかった。
離婚届をテーブルに広げて、じっくり見ると、既に若佐先生の部分は記入済みであり、後は私が自分の名前や必要事項を書いて、区役所に提出するだけとなっていた。
「他には何か……」
封筒をひっくり返し、中身を確認するが、離婚届以外、手紙も何も入っていなかった。
「どうして、今になって……」
私は呟くと、穴が開くほど離婚届を見つめる。
若佐先生との契約結婚時に約束した「事務所の所長が勧めてくる縁談を穏便に断り、事務所を退所するまで一時的に結婚する」という目的は既に達成している。
約束は果たされているので、若佐先生との契約結婚を解消するのは分かるが、ただ何故このタイミングなのだろう。解消するなら、若佐先生がニューヨークに旅立つ前でも良かったのではないか。
「でも、そういう約束だったから」
そう呟く事で、自分自身を納得させると、ペンを持って自分の項目を書き始める。
最後の項目まで書いたところでペンを置いて、記入漏れがないか確認する。
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