第8話
若佐先生は現在所属している法律事務所の所長から孫娘との縁談を執拗に勧められており、それが断ろうにも断れずに困っているとの事だった。自分が所属する事務所の所長でもあり、今後の事を考えて、穏便に縁談を断れないか方法を模索していたらしい。
「所長も決して悪い人ではないんです。うちの祖父と昔から懇意にしていて、私の事も実の孫の様に可愛がってくれました。ただ、その勧めてくる孫娘というのが、現在高校三年生との事でして……。さすがに歳の差があるかと思っています。犯罪者に間違われてもおかしくありません……」
「そうなんですね……」
「どのみち、いま抱えている案件を片付けたら、事務所を辞めて独立するつもりでした。ただ、その間も所長は結婚を勧めてくると思うので、体よく断る理由が欲しかったんです。そこで、貴女に協力して頂けないかと思いまして」
「協力するのは問題ありません。ただ、何をすればいいんですか」
「とりあえずは、私と籍を入れて下さい。戸籍上、夫婦関係になってしまえば、所長も何も言えないでしょう。貴女の事はこれまで内密にお付き合いしていた恋人で、ようやく籍を入れたとでも言うので」
「それ以外にする事は……」
「特にありません。夫婦らしい事は何も。
ああ、貴女のご両親には、ご挨拶をしなければいけませんね。急に結婚されたら、ご両親も困ってしまうでしょう。とりあえずは、貴女をご自宅までお送りしながら、ご両親に簡単にご挨拶をして、後日、改めて正式にご挨拶に伺おうかと思います」
「じゃあ、私も若佐先生のご家族に、ご挨拶を……」
「……私には家族はいません、両親は子供の頃に亡くなり、私を育ててくれた祖父母も数年前に他界しました」
「すみません……」
余計な事を言ってしまったと、私は肩を落とすが、若佐先生は「気にしないで下さい」と端的に言っただけであった。
「朝食を終えたら、貴女をご自宅までお送りします。実は今日の夜にはホテルを引き払って帰らなければならないんです」
「そうなんですね」
「しばらくは貴女の裁判と結婚の用意で、こっちにも来るかと思います。貴女に会う事もあるでしょう。でも二人きりの時には無理に夫婦の振りをしなくてもいいです。貴女は貴女のままでいて下さい」
「はい……」
若佐先生の支払いで朝食を済ませると、若佐先生と連絡先を交換して、自宅まで若佐先生の車で送ってもらう。
自宅に帰った時、両親は今にも怒りだしそうな様子で、私達を出迎えてくれたが、若佐先生が自己紹介をしながら、私と結婚を前提に付き合っている恋人だと言った途端、両親の興味は若佐先生に移ったようだった。
私との出会いや馴れ初めを聞かれて、若佐先生がそつなく作り話を答えると、それで気分を良くしたようで、若佐先生が帰ってからも、ずっとご機嫌の様子だった。それを良い事に、私はこっそり自室に戻ったのだった。
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