Ep3.姫は影と接点を持つ 前編

 俺だ、江波戸蓮えばとれんだ。

 睡眠すいみんでほとんど潰された土曜日だが、次の日には無事に体調は回復し、高熱も落ち着いた。


 というわけで休日二日目、日曜日。


 八文字中の半分を「日」に使うこの日は、一週間に一回という頻繁ひんぱんに来るイベントだ。

 土曜に回復した体力を、思う存分に振るうことが出来る素晴すばらしい日である。


 ……そのはずなのだが、ド陰キャの俺が休日に予定など組んでるはずもなかった。


 病み上がりなのも考慮して、折角の日曜日なのに結局は課題の取り組んだ。

 他にする事としても読者やゲーム等の趣味しゅみくらいで、特に何か起こる事も無く静かに終える事となる。


 そして早くも翌々日。つまり、一週間の始まりをほこる月曜日となった。


 それは、顔をしかめる学生がそこらじゅうで大量発生する、一大事な日である。

 ただ、早くも消えた休日に名残惜しく感じる俺も、例外なく顔を顰めているがな。


「……はあ」


 日本は平和だが、楽ではないな、と思う。

 社会で使う事の無い知識を、何故に片道30分程先にある施設まで態々わざわざおもむいいてまで学ばなければならないのだろうか。


 ……ははっ。もし口に出したら、教育委員会にでも怒られそうだな。

 まあ、特殊な道へ進む者を除いた大体の学生は、俺と同じ気持ちだと思うが。


 まあ、そんなことはどうでもいいんだ。


 今は放課後。既に今日の授業は終わり、その気持ちも大分と軽くなっている。

 ろくでもねえ事をモノローグで語った俺は今、ラノベを片手に帰路を辿っていた。


 ──歩き読書。


 これまたお偉いさんに咎められそうな行為だが、なんとまあ素晴らしいものである。

 何故かと言うと、徒歩通学の俺からすれば、暇な下校時間を有意義な存在にするからだ。


 それに、ここは工場が多く並ぶ地帯であり、人通りなんてほとんど無い。

 読書にそこまで意識を向けているわけでも無く、今までの登下校中で何かトラブルを起こしたことは一度も無かった。


 だから大丈夫だ。一人勝手に思ってる。


「──調子に乗ってんじゃないわよ!」


 そう、おどけたように一人で笑っていると、そんな怒声どせい唐突とうとつ鼓膜こまくらす。

 騒がしい音楽を奏でる機械音の数々が、小さく感じる程の声量だった。


 流石の驚愕きょうがくで身体がビクッと跳ねるも、俺は読んでいたラノベから顔を上げる。


 ──工場内で何かトラブルか?


 そう頭の中で推測すいそくしつつ、軽く首を回してその音源を探り始めた。


 ……いつもなら他人事故に気にしないのだが、やけに近くから聞こえてきた気がする。

 なんだか、外から障害物も何も無く、エコー音みたいに耳へと届いて来たような……


 実際のところ、その推測は正解のようだ。

 今俺が立っている真横。二つ建つ工場の間にある路地裏に、それらしき影が見えた。


 日光の届かない場所の為にそこまで詳細は判別できないが、人らしき影が三つ。

 少し背が高い一人が壁を背にして、他の二人が囲まれているような状態だ。


 まだ確証は無いが、怒声の正体が何なのかが気になり、俺は耳を済ませた。


「───」


「そんな直ぐに若林わかばやしくんがアンタに話し掛ける訳が無いでしょ!」


 背の高い奴が何か言ったような仕草は分かったが、周囲の騒音で聞き取れない。


 しかし、どうやら囲んでいる奴の怒りのツボには触れてしまったらしいな。

 女性特有の怒声だった。大声となるとそんな狭い中だと響くもので、余裕で聞こえてくる。


 ……先程とは違う声だが、今見えている光景が音源なのは間違いなさそうだ。

 他の場所から怒声なんて聞こえないし、もしそんなのが聴こえてくるとしてもこんな風にでは来ないはず。


 ──というか、若林、か。


 俺の通う学校でそんな苗字を持った、有名な男子を聞いた事があるな。

 友達の居ない俺でも、何度かその名前を耳にした事はある程の奴なのだが……


可哀想かわいそうだな〜、若林くん。こんな女にもてあそばれてさ」


「───」


「ッ……!しらばっくれるのもいい加減にしなさいよ!この腹黒女!」


 また若林か……と思えば、ガシャン、と何かがぶつかる音が響いた。

 それは目の前で怒声を放ち、背が高い奴が壁に押される動作と一致している。


 押されたのか、最悪殴られたかは分からないが、どちらにしても暴力が伴っているようだ。

 当たり所が悪かったのか、背の高い奴は苦しそうに蹲っている様子。


 ……見ていて楽しいものじゃなかった。


 ラノベをブレザーのポケットに無理矢理突っ込んで、俺は路地裏に足を踏み出す。

 本当に他人事だし、少なくとも自分に恩恵は無いのに……体は勝手に動いていた。


「………」


 路地裏は整備されている訳でもないから、足場は悪くて、少し歩きづらい。

 出来る限り早く前に進もうと、強く踏み込むことで足音が大きく響く。


「───」


「っ、この……!」


 すると、囲んでいる方の片方が、勢い良く腕を上げているのが暗い中で見えた。

 どうやら俺に気づいた様子もなく、また囲まれている奴に暴力を振るうつもりらしい。


 俺は地面を更に強く踏み込んだ。


「──えっ!?」


 なんとか、それが振り下ろされる前に俺はその腕を掴むことができた。

 腕を突然動かなくなったと認識したであろうそいつは、そんな頓狂とんきょうな声を上げる。


 流石にこんな至近距離だからか、少しだけ詳細が見えるようになってきた。


 目の前には、俺に細い腕を掴まれて驚愕の表情を浮かべる女性の顔が一つ。

 その奥に、囲まれている奴を鋭い眼差まなざしでにらんでいる女性の顔が一つ。


 ……推測してた通りだが、両方共に女か。

 不思議そうに腕に力を入れられている限り、認識されては無いだろうが……もし認識されていたら、男のこっちが警察行きだったな。


 想像すると背筋が涼しくなってきたので、俺は掴んでいた腕を離す。

 勿論、間違えても何かを殴らないような角度にして配慮はして。


「……?」


「──おい」


「「!?」」


 腕が急に動くようになって首を傾げるそいつに、俺は出来るだけ大きな声で話しかける。

 すると、認識されて無かっただろうから当然と言えば当然だが、囲んでいる奴らは驚いたようにこちらに振り向いた。


 ……よし。そんな大声じゃ無いから心配だったが、ちゃんと認識されているようだ。

 認識されるための、機械に頼らず実行出来る唯一の方法だったが……その塩梅あんばいは、当事者である俺もわからない。


 ともかく。それを確認する事が出来た俺は、何か言われる前に先手を打つことにした。


「……暴力は辞めとけよ」


 それだけ言って、スマホを突き出す。

 囲んでいた二人は驚いた顔のまま、突き出されたスマホを見て……暗い中でも明らかな動揺どうようを見せた。


 それを見て、俺は顔をニヤつかせながら更にたたみ掛ける。


「悪いが、只事ただごとじゃ無さそうだから動画を撮った。言い訳するのはオススメしないぞ?」


 ……一応言っておくが、全くのうそだ。

 暗くて相手からは分からないだろうが、俺のスマホを持つ手は少しだけ強ばっていた。


 ま、そりゃそうだって話である。


 俺はこんな都合の良いタイミングで動画を撮れるようなスキルを持ち合わせていない。

 加えて、もし撮れたとしても、ここじゃ暗すぎて現場をマトモに写せないだろう。


 今は少し、掛けに出ていた。

 突然の危機に、この二人がそう冷静に分析出来るような逸材いつざいだったら……ピンチだ。


「……行こう!エーコ!」


 しかし、その心配も杞憂きゆうに終わる。

 パニック状態になったであろう二人は、路地裏の奥へと逃げていった。


 ……というか、こんな所なんて通った事無かったけど、向こう側って抜けられるのね。

 何かの近道になりそうかもしれないな。


「……ありがとうございました、江波戸さん」


 ──なんて、場違いな事を考えて少し現実逃避をしていたが……

 振り上げられた腕を掴む際に見えた、囲まれていた被害者側を、俺は見据える。


 そいつはペコリと頭を下げ、背中まで伸びる長い髪をサラリと揺らした。

 その髪は、本当に僅かに入り込む光を反射させ……金髪に輝いている。


 女性の中では高身長な彼女……白河小夜しかわさよは、違和感のある微笑みを浮かべた。

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