第57話:条件(Side:ゴヨーク②)

「ゴヨーク様! なぜ、冒険者排斥運動を廃止するのですか!?」


またダグードが、私に食ってかかってきた。もうこれで、何度目かわからない。


「いい加減にしろ! 中止と言ったら中止だ!」


「しかし、すでに準備はほとんど済んでおります! あとは出撃の命令を下されば!」


アスカ・サザーランドのせいで、冒険者を排斥しようという風潮は消えてしまった。逆に、冒険者の方が強いのでは? などという疑問まで生まれるほどだ。アスカ・サザーランド、そして、このダグードのせいで、計画は台無しになった。


「教皇様! 今一度、お考えを! どうして、そのような結論に!?」


「何回も話しただろ! 貴様があの冒険者に負けたからだ!」


ダグードの試合は、私も見ていた。アスカ・サザーランドがボコボコにされるところを、楽しみにしていたからだ。だが予想に反して、ダグードの無様な姿を見せつけられた。わざわざ高い酒まで用意していたというのに、全てムダだった。


「ま、負けてなどおりません! ヨルムンガンドさえ来なければ……!」


「うるさい! 貴様はぼんやりと、立っているだけだったそうじゃないか! 四聖ともあろうものが、なんてざまだ!」


突如として、ヨルムンガンドが襲ってきた。もちろん、私は一番最初に逃げた。そのおかげで命は無事だったが、死の恐怖を感じたのだ。四聖は教皇を守るために、存在している。私はダグードに、心の底から幻滅していた。


「い、いや、しかし……!」


「さっさと失せろ! 四聖の面汚しめ!」


ダグードを怒鳴りつけると、私は執務室に飛び込んだ。大急ぎで、秘密の扉を開ける。ズカズカと、隠し通路を進んでいった。


(“影の方”に、なんて報告すれば良いのだ!)


使えない部下のせいで、私は難しい状況にいた。急いで鏡の前に行く。早歩きで来たが、不思議なことに息切れ一つしなかった。以前は少し歩いただけでも、心臓がバクバクしていたが、最近は何ともない。


(きっと心臓が強くなったんだろうな。さて、考えをまとめてから、あの方を呼ぼう)


私は静かに、呼吸を整える。


『やってくれたな、ゴヨーク』


いきなり、“影の方”が現れた。私はまたもや、心臓が止まりそうになる。


「はっ、申し訳ございません!」


こういうときは、とりあえず謝るのが正解だ。少しでも、印象を良くしておきたい。


『なぜお前は、冒険者排斥運動を廃止したのダ?』


(ぐっ……やっぱり、すでに知られているか)


なぜ、影の方が知っているのかわからない。


(この方は、どこから情報を仕入れてくるのだ)


「し、しかし……あそこまで力を見せられますと、廃止にせざるを得ません……」


『なぜダ?』


「な、なぜと聞かれましても、さすがに廃止は避けられないかと。無理に進めては、騎士隊の反感を買ってしまいます。中には、アスカ・サザーランドを神聖視する者までいるようでして。私にも立場という物がありますゆえ……」


私だって強行したかったが、騎士隊の反発が限界だった。廃止にしないと、反乱になりかねない。


(クソっ、全てはアスカ・サザーランドのせいだ)


バリバリバリ!


「うぎゃあああああ!」


突然、鏡から稲妻が襲ってきた。身体が焼けるように痛い。光の腕などとは、比較にならない苦痛だ。私は床に、のたうち回る。


『お前の立場など、どうでもいいのダ』


「かっ……はっ……!」


(頭が壊れる……!)


脳が爆発するかと思った瞬間、稲妻が消え去った。私は荒い呼吸を繰り返す。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


『お前がこんなにも役立たずだとは、思わなかったナ』


どうやら、殺すつもりまではないようだ。私はほんの少しだけ安心した。ついでに、聞きたかったことを尋ねる。


「あ、あの、ヨルムンガンドが、攻めてきたのですが……」


『そうカ。それが、どうしタ?』


私は“影の方”が、送ってきたモンスターだと疑っていた。私に危害が加わるようなことは、やめていただきたい。


「もしかしたら、あなた様が送ってこられたのかと……いえ、非常に怖い思いをしまして……。できれば、事前に教えていただけると嬉しいのですが」


『それは大変だったナ』


しかし、“影の方”はハッキリ答えてくれなかった。


(あまりしつこく聞くと、また稲妻に襲われそうだ)


気になることは、もう一つある。


「ググリヤ・ルノニンが何者かに襲われたのですが、ご存じないでしょうか?」


四聖どもは、私のボディーガードだ。護衛がいなくなっては、私が困る。


『フフフ、お前は知らなくてよイ』


だが、またもや“影の方”は答えてくれない。フードの奥は見えないが、ニヤニヤ笑っているような感じだ。


『さて、これが何かわかるカ?』


“影の方”は、丸っこい物を取り出した。ドクンドクンと脈打っている。見ていると、気持ち悪くなってきた。


「い、いえ、わかりません。何でしょうか?」


『お前の心臓だ』


(……え?)


「い、いや、何のことか私には……」


ギュウウウウウ!


“影の方”が、丸っこい物を握っていく。だんだん、私の胸が苦しくなってきた。


「かはっ……」


我慢できないほどの、猛烈な痛みだ。目の前が暗くなってきた。


「ま、まさか、本当に私の心臓を……」


『だから、そう言っているだろウ』


滝のような冷汗をかく。


『別にワタシだって、いつまでもこのままにしておくつもりはなイ。お前に返してやろウ』


“影の方”が、手を緩めた。途端に、胸が楽になる。


「あ、ありがとうございます!」


(た、助かった……!)


『ただし、条件が一つあル』


ホッとしたのも、つかの間。私は不安に支配される。


「な……なんでしょうか……?」


『アスカ・サザーランドと、その仲間を食事に呼ベ』


「食事で……ございますか」


(いったい、どういうことだ?)


『その席で毒を盛り、ヤツらを始末するのダ』


コロン。


鏡から、小さなビンが出てきた。中には、黒い粉が入っている。


「こ、これは……?」


『ワタシが調合した、非常に強力な毒ダ。無味無臭はもちろんのこと、絶対に気付かれることはなイ。どんな人間も、確実に殺せル』


「わ、私に人殺しをしろとおっしゃるのですか?」


『そうダ。もし断れば、お前の心臓は破裂すル』


「心臓は破裂……」


どれほどの苦しみか、想像もつかない。


『今度こそ、上手くいくといいナ』


“影の方”は、一瞬で消え去った。私は呆然と、座っているだけだ。


(そ、そんな……)


今になって私は、自分が大変な存在と関わってしまったことに気付いた。しかし、後悔したところで、もう遅い。何とかして、私が生き残る道を探し出すのだ。


(見てろ、アスカ・サザーランドめ。お前を殺して、私は生きるんだ)

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