第55話:穢れ

「なに!? それは本当か!?」


途端に、会議室はざわついた。さすがのゴヨークも驚いている。


「はい、まことでございます! ググリヤ様は医術室で治療を受けていますが、意識不明の重体です! イセレ様、すぐにいらしてください! “穢れ”を喰らったようです!」


「“け、穢れ”ですって!? すぐ行きます!」


“穢れ”と聞いて、会議室は軽いパニック状態になった。


(ふむ、それはまずいな)


「ねえ、“穢れ”ってなに?」


「私にも教えてください」


ナディアとティルーが、こそっと聞いてきた。


「選ばれし魔族しか使えないとされる、強力な力だ。魔族以外の者が喰らうと、急速に命を蝕んでいく。モンスターでさえな。“聖なる力”でないと、浄化すらできないはずだ」


(選ばれし魔族……)


ヨルムンガンドが言っていたゴーマンという名前、そして“穢れ”。俺は悪い予感がする。


「すぐ行きます! 案内してください! アスカさん、一緒に来てくれますか!?」


「もちろん、俺も行く」


医術室に行くと、男が一人ベッドに横たわっていた。その横には、無残にもへし折られた槍が置いてある。イセレは真っ先に、ベッドへ走り寄る。


「ググリヤさん! 大丈夫ですか!?」


「うっ……くっ……」


ググリヤの顔は、真っ青だった。うめくばかりで、言葉も返せないようだ。


「こ、これは……なんてひどい……」


肩から腰にかけて、三本の大きな傷があった。身体を深くえぐっている。その周囲が、紫色に変色していた。


(かなり強力な“穢れ”だな)


イセレはググリヤに手をあてる。やがて、金色の光が溢れ出した。“聖なる力”による浄化だ。


(さすがは、“奇跡の大聖女”だな。一目で純度の高さがわかる)


「おおっ!」


「さすがは、イセレ様だ!」


しかし、少しすると光は消えてしまった。


「……かはぁっ……はぁ、はぁ……!」


「イセレ様、大丈夫ですか!?」


イセレは苦しそうな表情をしている。おそらく、神託のダメージが、まだ残っているのだろう。“穢れ”を浄化しきるには、たくさんの“聖なる力”が必要だ。その間にも、ググリヤの身体はどんどん変色していく。


「ま、まだ、やめるわけには……!」


「俺が代わろう。多少なりとも“聖なる力”が使えるからな」


俺はググリヤのベッドに近づいてく。他の聖女たちの到着を待っていては、手遅れになりかねない。


「ふざけるな! お前なんかに任せられるか!?」


ダグードが、俺の前に立ちはだかった。両手を大きく広げている。


「どいてくれ、ダグード。ググリヤの容体は、非常にまずい。一刻を争うんだ」


「いいや、どかないぞ! 貴様なんかに、大切な四聖の治療を任せられるか!」


「どくんだ」


俺はあえて静かに、しかし有無を言わさぬ圧力で言った。


「うっ……」


ダグードは、もう何も言わなくなった。押しのけてベッドに行く。ググリヤは汗だくで呼吸が荒かった。触らなくても、高熱を出していることがわかる。俺はググリヤに手をかざす。


(《ホーリー・プリフィケーション》)


イセレの時より、数段眩しい光がほとばしる。部屋中が明るくなるほどだ。


「す、すごい……これほどとは……」


イセレが呟くのが聞こえた。ググリヤを撫でていくと、“穢れ”による腐食が消えていく。


「な、なんと……」


「あいつ、“聖なる力”まで使えるのかよ……」


「すごすぎるだろ……」


部屋に集まった騎士隊も、驚いているようだ。


(ついでに、傷も回復させとくか。《オール・キュア》)


“聖なる力”は、あくまでも浄化だ。そのままでは、傷は治らない。同時に、回復魔法を念じる。


「おい、アイツは一度に複数の魔法を使えるのか?」


「そんな奴見たことないぞ」


「あり得ない……」


(別に、普通だと思うんだがなぁ)


徐々に傷が消えていく。熱も下がって、呼吸も落ち着いてきた。やがて、ググリヤが目を覚ました。


「……がはっ! ……っはあ! ぐっ、ここは……!」


「ググリヤ様!」


「すげえ! 奇跡だ!」


「やったー!」


部屋中、歓喜の声で溢れた。みな、手を取り合ってググリヤの快復を喜んでいる。


「よし、とりあえずはこれで大丈夫だろう。“穢れ”を喰らっているから、まだ安心はできないが」


「アスカさん。なんと、お礼を申し上げたら良いのでしょうか……。あなたがいなければ、どうなっていたかわかりません。ググリヤさんの治療は、私たちルトロイヤ教会が引き受けます」


イセレは丁寧に頭を下げて、感謝してくる。むしろ、こっちが恐縮してしまうほどだ。


「頼むから、そんなに頭を下げないでくれ」


「き、貴様……いったい、どうやって、それほどまでの力を……?」


ダグードは、呆然と聞いてきた。


「まぁ、修行だな」


俺は面倒なので、簡潔に答えた。もちろん、嘘など吐いていない。それより、病み上がりには悪いが、ググリヤに聞きたいことがある。


「ぐっ、ここは……」


「ここはルトロイヤの、修道会本部だ。まだ動くんじゃない。傷は深かったからな」


「お主は……誰だ……?」


「俺はアスカ・サザーランド、冒険者だ。何があったんだ? 話せるか?」


「あ、あぁ、遠征の帰り道、突然、魔族に襲われたのだ。名は……ゴーマンと言っていた」


(やはり、あいつか……)


その名を聞いても、俺はもう驚かなかった。どうやら、俺の知らないところで何かが起こっているらしい。


「ゴヨーク様、今のを見ましたでしょう? アスカさんは、絶大な力を持っています!」


イセレは強い口調で、ゴヨークに言った。


「フンッ!」


しかし、ゴヨークはさっさと出て行ってしまった。ナディアたちは口々に批判する。


「なに、アイツ」


「部下のことが心配じゃないんでしょうか」


「薄情なヤツだ」


(ゴーマンか……)


俺の不吉な予感は、現実になりつつあった。

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