恥ずかしがり聖女さんは勇者パーティに入りたい

二条橋終咲

聖女と勇者と忌まわしき竜の血統

 神聖な空気溢れる聖女の里から、一人の聖女が旅立とうとしていた。


「いいこと?」


 聖女アルルは旅立ちの前に母親から忠告を受ける。


「あなたは勇者様と一緒に魔王を倒しにいくの。ちゃんと『お供させてください!』って勇者様に言うのよ」


 母親の忠告は続く。


「それと、あなたには『竜』の血が流れていることも忘れないように。もし、あなたが竜になった姿を見られたら、勇者様どころか誰も一緒にいてくれなくなるわ」


 人々にとって『竜』は忌み嫌われる存在。


 そんな常識を大人のアルルが知らないわけないが、母親としては愛しい娘に忠告せざるを得なかった。


「じゃあ、気をつけてね」


「うん……。行ってきます」


 竜の血を持つ聖女アルルは、自らが負った使命を果たすべく故郷を去る。


 それと同時に、薄暗い不安が彼女を襲った。


(勇者様と、お話しできるかな……)



❇︎



 旅先で訪れた町でのこと。


 何日も滞在して、もう見慣れた町の大通りをアルルが歩いていると、人々の中に見知った青年を見つける。


 彼の整った顔を見た瞬間、アルルはそれが誰かを瞬時に把握した。


「ラース様……」


 何を隠そう、彼こそが聖女アルルが仕えるべき勇者その人。


 普通ならば声をかけて、魔王討伐への旅路を一緒に歩み始めるところだが、彼女の場合はそうはいかない。


「……」


 気づいた時には、アルルは顔を伏せて道の端っこの方へと移動していた。


「……」


 そう。


 聖女アルルは臆病で、人見知りで、極度の恥ずかしがり屋。それこそ『町中で知り合いを見つけたら逃げ出す』くらいのコミュ障だった。


 ラースとは旅の途中で何回か会ったこともあるし話したこともある。


 けれどいまだ彼のパーティには入れずにいた。


(いやいやだめでしょ私! 聖女は勇者様と一緒に魔王を倒しにいかないといけないのに! なんで避けてるのばか!)


 アルルとて聖女の使命を把握していないわけではない。


 むしろ彼女はちゃんと使命を全うしようと、今日まで頑張ってきた。


(でも、私なんて……。竜の血が流れてる人見知りの聖女なんて……)


 アルルは自分が情けなかった。


 本当のことを知られるのを恐れて、周りの人に邪険にされるのが嫌で、自分の居場所がなくなってしまうのが怖くて、使命に反して動いてしまう自分の意思の弱さが、アルルは本当に情けなくて仕方がなかった。


「うわっ!」


 心の中で自分を咎めていると、それに気を取られてアルルは足をもつれさせてしまう。


 同時に視界がぐらりとゆらめいて、支えを失った体は重力に押されるがままにして地面へと倒れていく。


「んぐっ」


 しかし、彼女が飛び込んだのは硬い地面ではなく、誰かの暖かな腕の中。


 こんなにも強く抱き止められるのは、まず女性の力ではないとアルルは瞬時に悟る。


 そして顔を上げると、その相手と目が合った。


「大丈夫ですか? アルルさん」


 その凛々しくも穏やかな顔を微笑ませながら、勇者ラースは腕の中の聖女に向けて語りかけた。


「声をかけようと近づいたらいきなり倒れてきてびっくりしましたよ」


「……」


「でも、無事みたいで安心しました」


「あ……」


「せっかくですから、どこかで前のお返事でも……アルルさん?」


 流暢に言葉を紡いでいたラースだったが、腕の中の異変に気づいて口を止める。


 そして視線を落とし、異変の正体に気づく。


「あばばばばばバババババ……」


 勇者の腕の中で一人の聖女が、恥ずかしさのあまり痙攣のような震えを起こしながら奇怪な声を上げていた。


「あ、アルルさん? アルルさん?」


 思わず心配になったラースが、真っ赤に染まった彼女へ顔を近づける。


「きゅぅ……」


 アルルはついに羞恥の限界を迎えたのか、これまた奇怪な声を発しながら力を失い、ラースの腕を抜けてその場に倒れ込んでしまった。


 それに伴って、周囲にいた町の人たちの視線が彼女の元へ集中する。


「またアルルさんが倒れたぞー」

「アルルお姉ちゃんは相変わらずだねー」

「ラースさん運んであげてー」


 すっかり町の名物になった『恥ずかしがり聖女』を見て、町の人々は一切慌てることなく、むしろどこか微笑ましい表情で口々に言葉を交わしていた。



❇︎



「んぁ……」


 酷く間抜けな声が、町の小さな診療所の一室に響いた。


「アルルさん。おはようございます」


「んー……?」


 眠い目を擦りながら、聖女はベッドの上で体を起こす。


 自分の身に何が合ったのかと周りを見回して、しばらくしてから勇者の姿を見つける。


「お体は大丈夫ですか?」


 柔和な笑みを讃えたまま、ラースは優しく穏やかに語りかけた。


「んあっ⁉︎ あ、えと……。だ、大丈夫……です……」


 それに対しアルルは、とても人間のものとは思えない不器用でぎこちない言葉で返した。


「す、すみません……。ご迷惑を、おかけ、してしまって……」


「いえいえ大丈夫ですよ」


 勇者ラースは相変わらずの親しみやすい暖かな表情と声音で、聖女アルルのつっかえつっかえな調子の言葉を受け止める。




「……それで、前にお伝えした『パーティに入ってほしい』って話の返事、聞かせてくれませんか?」




 さっきまでの流暢な様子から一転して、ラースはおずおずとアルルに尋ねた。


 と言うものの、以前受けたラースからの誘いをアルルは保留にしていた。それもこれも、その時はアルルがラースとは初対面で極度に緊張していて、かつ自分の正体を明かす勇気が足りなかったからなのだが。


「ら、ラース様は……」


「はい?」


「その……竜って……お嫌いですか?」


 反応に怯えながらも、アルルは勇気を振り絞ってラースに尋ね返した。


「竜……ですか……」


 彼は一瞬思考を巡らせた後、その瞳に勇者としての決意を湛えながら口を開いた。


「あのバケモノ共は『人を喰らう災厄』と言われています」


「……」


「そして僕は人々を守る勇者です。好き嫌いはかはさておき、間違いなく『敵』であることは確かです」


 彼の、ラースの言葉と思いには、何も罪はない。


 それでも、アルルの胸を締め付けるには、それで十分だった。


「ラース様!」


 すると突然、部屋の扉が勢いよく開かれ、町の兵士が鬼気迫る表情で姿を表した。


「ど、どうしました?」


 あまりの慌てように、流石の勇者ラースも穏便さを欠いてつっかえつっかえな言葉を吐き出す。


 そして次の瞬間、兵士の口から悍ましい事実が告げられる。


「この町に、魔物の大群が侵入しました!」


「っ⁉︎ ほ、本当ですか⁉︎」


「ええ……。まだ死人は出ていませんが、数が多すぎます! このままだと、この町は……」


 兵士が見せた憂いに満ちた表情を瞬時に汲み取り、ラースは即座に迷いなく決断を下した。


「わかりました。すぐに向かいます」


 そのあまりの速さに、兵士は瞳を見開いて驚きつつも冷静で残酷な現状を口にする。


「しかし見てきた限り、あれは無事に済むとは思えません……。命を落とす可能性も……」


「それでも行きます。僕は勇者として、人々を守るために戦います」


 ラースから放たれる勇ましい決意に叱咤され、少しでも気弱になっていた自分を恥じながら兵士は笑みを浮かべた。


「わかりました。では行きましょう!」


「はい!」


 そして二人は診療所を後にして戦地へと赴こうとする。


「アルルさんはここで待っていてください。絶対にここへ魔物は通しませんから」


 返答も聞かずに、ラースは兵士に続いて部屋を去る。


 と、思われたが、姿を消す直前に一言だけ彼女へ言葉を残していった。




「この戦いが終わったら、返事、聞かせてくださいね」




 どこか儚い印象を受ける笑みを浮かべたのを最後にして、勇者ラースは戦地へと旅立つ。


「……」


 何も確証はない。


 けれど、アルルの胸の中には、得体の知れない不吉なものが燻っていた。


(嫌な予感がする……)



 ❇︎



 勇んで戦場に現れたラースだったが、千を超える魔物たちに押され苦戦を強いられていた。


「くっ……」


 もはやこの町が蹂躙されるのは火を見るよりも明らか。


 誰も人々を悲劇から救うことはできない。


「え?」


 すると、満身創痍だった勇者の前に、一人の聖女が現れる。


「アルルさん? ここは危険です! 早く逃げ……」


『キシャァァァ!』


 ラースの必死な忠告も虚しく、魔物が振り下ろした曲剣がアルルへと襲いかかる。


 得物もなければ武装もしていない彼女が鮮血を撒き散らすのは確実。




 しかし、彼女が有しているのは、人間の血だけではない。





「うっ……」


 刹那、辺りを眩い閃光が包み込んだ。


「っ! こ、これは……」


 そして、それが晴れた時には、あの気弱な聖女の姿はなかった。


 代わりに現れたのは、巨大な体躯を誇る一体の竜。


【グルァァァ!】


 町中に悍ましい咆哮を響き渡らせ、その竜は魔物に向けて神々しいブレスを吐き出した。


 すると、瞬く間にして魔物の集団は浄化され、あっけないほどに脅威はつゆと消える。


「っ……?」


 理解の範疇を超えた一瞬の出来事に、ラースはただただ唖然とするばかり。


 たった一撃で千はいたはずの魔物を全て消し去った目の前の竜に対して、彼がかける言葉など一つもない。


 そんな彼に向けて、寂しいげな竜の言葉が紡がれる。


【ご無事ですか? ラース様】


「え……? あ、え? あ、ああ……。大丈夫、です、けど……」


 つっかえつっかえな言葉を吐き出して、ラースは恐ろしい竜の顔を見上げて返事をする。


「アルルさんが、竜だったなんて……」


【隠していて、ごめんなさい……】


 突如として現れた竜が、魔物の大群から自分たちを守ってくれたという奇妙な状況に、この町の誰も口を開けずにいた。


【誘ってくれて嬉しかったです。では……】


 僅かに涙ぐんだ声でそう言い残し、背中に有した翼を羽ばたかせて竜は町を去ろうとする。


 そんな中、たった一人、彼女に声をかける者がいた。


「ありがとう! アルルさん!」


 人々に忌み嫌われる竜に向けて、勇者ラースはありったけの大声で感謝の意を口にする。


【え?】


 アルルは暴言の一つくらいは覚悟していたつもりだったが、予想外の言葉に思わず間抜けな声を溢した。


 すると、それを皮切りにしてあちこちから暖かな声が次々に上がり始める。


「アルルちゃん助かったよ!」

「竜は怖いけど……アルルちゃんは素敵だよ!」

「アルルお姉ちゃんかっこよかった!」


 四方八方から聞こえる老若男女の賞賛に耐えきれなくなったアルルは、その恐ろしい形相をぽっと赤らめる。


【え、あ、いや……。あぅ……】


 この巨体では逃げ場がないため、恐ろしい竜はその場であたふたするばかり。


 そんな彼女を静めるようにして勇者の凛とした声が響き渡る。


「もう一度、聞かせてください」


【……】




「アルルさん。僕と一緒に、来てくれますか?」




 勇者ラースは目の前の恐ろしい竜ではなく、聖女アルルの瞳をじっと見据えてそう言った。


 そんな真摯な思いに、彼女が返す言葉は一つだけ。




【は、はいっ! こちらこそ……お願いしまちゅ! あっ】




 恥ずかしげに口元を覆う愛らしい竜の姿に、町の各所から賑やかな笑い声が聞こえてくる。


(なんで噛んじゃうのーっ⁉︎)


 こうして、聖女アルルと勇者ラースの魔王討伐の旅がはじまったとさ。


 めでたし、めでたし。


(あーーーもぉーーーっ!)

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