ネコの手、要りませんか?

@ramia294

第1話  由香里ちゃん

 ノロノロと進んでいた太陽が山の向こうに帰って行き、街灯が放つ冷たい光が、春の闇に吸い込まれていきます。


 その日、由香里ちゃんが帰ってくるのは、いつもの時間より少し遅くなりました。

 

「ご飯は、要らない」


 由香里ちゃんが、目を真っ赤にして、部屋に駆け込みました。ドアを乱暴に閉めて部屋にこもってしまいます。ママさんが、心配して声をかけました。


「いや。入って来ないで。放っておいて!」


 鍵をかけられたドアに、ママさんは、ため息をつき、それ以上しつこく何も言いませんでした。そして僕を見ました。


 僕は、頷いて、由香里ちゃんの様子を見に行きました。


「ニャー(由香里ちゃん、どうしたの?)」


 僕は、ベッドに、突っ伏して泣いている由香里ちゃんに、爪を出さない様に気をつけ、そっと手を置きました。


「テオちゃん?」


 由香里ちゃんが、泣いている顔を上げ、僕を抱き寄せました。


 由香里ちゃんは、いつも僕を抱き寄せます。本当言うと抱きとめられるのは、あまり好きではありません。

 でも、由香里ちゃんが僕を抱きしめる時の顔が、とても幸せそうなので、黙って大人しくしています。


いつき君とケンカしちゃった」


「ニャー(樹君て、隣の?)」


「樹君、女の子と楽しそうに話していたのね。なんかカチンと来て、トゲのある事言っちゃって、自分でも駄目と思っていたけど、止まらなくて。私ってバカだ」


「ニャー」


 僕は、由香里ちゃんのほっぺを手で触りました。涙で僕の手が、少し濡れました。



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