第4話 アグーチ養殖の父

「さあ、これで、日本人学校も安泰っすね~」

「ありがとう、一色くん! 私は日本人会に対して、退避勧告など出さなくてよくなった……!!」

「やぁったぁぁぁぁあ!!」

 染矢大使が、涙、涙で、拍手で京旗をねぎらい、めいあがぴょんぴょん飛び跳ねる。会議の開催されているヤムイモンに、ダメジャンから総出で京旗を迎えにきた日本人会。

 伊太郎もカラカラと笑っている。

 その横では、桑原氏が、眼鏡を拭き拭き、

「こうなるとぜひ、アグーチの養殖の件を、なんとかせねばな……」

 つぶやいていた。彼は「タルティーヌ会議」に専門家として招かれていて、有意義な提案をしなければならなかった。

 そんな桑原が会議場に行く姿を、ご苦労様なこって、と見送った京旗は、ん?と目を疑った。

「桑原さん! そいつっす!! アラビア人のアグーチ学者!! 捕まえて!!」

「えっ? どこだ!! どこだねッ?!」

 目の前にいるのに、桑原氏は気が付かない。

――赤茶色で、土に保護色にでもなっているのか?!

 京旗はノッポに駆けだした。京旗に気付いたのか、にこにこ笑ってこちらに向かってくるノッポ。桑原氏の目の前一メートルまできても、桑原は、左右、前後を焦って見回していた。

「どこだ?! どこにアラブ人が?!」

「いやあ、みなさん、お久しぶりです! あ、ハローハローちゃいにーずボーイ!」

 ノッポは手を振り、京旗はなにっと急ブレーキ。

「オッサン、なんで日本語を!?」

「えっ、一色君は中国人じゃないですよ?」

「ええ~っ、アグーチ学者のアラビア人って、竹邑さん?!」

「とーちゃん!! なんでこんなところに!!」

「あ。ぽん。キミ、一色京旗くん、だったんだぁ~」

 京旗がかちーん、と固まって、桑原を見て、めいあを見て、あゆを見て、ノッポを見た。

 ノッポはみんなにやあやあと脳天気に手をふりふり、あゆに、

「だって、ここに召集されてないほうが、おかしいだろぉ? とーちゃんはJICAの農業専門家だよぉ?」

 へらり、と笑う顔が、一脈、あゆと通じるものがある。京旗は、ひきつり笑いで、

「はは……はははは……とと、とーちゃん……、で、竹邑さん……」

 納得した。だが、だらだらと汗が出てくるのは、しかたのないことかもしれない。

――ちょちょちょ、兆胡さーんっ! これがあんたの再婚相手っすかぁ~~~ッ!!

 染矢大使が、苦笑しながら、

「竹邑さんって、日本人に見えないからですからね。あの調子で、世界中どこにいっても、馴染みすぎなくらい現地に馴染んじゃうらしいんで……。アラビア人ですか、確かに、知らなければ、間違っても仕方がないですよ。……そっか、アグーチ、竹邑さんだったんですね、納得しました……」

 うん、うん、と頷いている。嬉しそうだ。

「さすが、メリテ・アグリコールの人です」

「大使、ご無沙汰しました~」

 にこにこと、ノッポ――竹邑成悟は、大使の前で、高い上背を折り曲げた。

「日本視察団がおじゃんになったと旅の途中で聞いて、ダメジャンに帰ろうとしたんですが~、その道で、アグーチの養殖に成功しているのを見つけてしまいましてね。どうしても話を聞いて、勉強させてもらいたくなって…… ほら、売り込み商品がひとつでも増えれば、経済建て直し、内紛回避に役立つでしょう? そしたら日本も撤退しなくてすみますし……だもんですから……」

 はりはりはり、と頭をかく。そして愛娘をちらりと見た。

 染矢大使は、うん、うん、そうでしょうとも、と聞いていた。

 あゆは、うーん、はて?という顔で、分からないらしく、父と大使の顔を交互に見て、きゅっ?とまた首をひねった。

 京旗は、はからずも同じ理由で先に解答を見つけ、実際に養殖方法まで手にして帰ってきた竹邑を、ただただ目を見開いて見上げ、立ちつくしていた。

 不意にそこへ、

「そのアグーチの養殖方法については、こちらで特許権を買い取らせて頂こうか」

 ふてぶてしい声がした。

 振り向く前に声の主が分かり、京旗は身構えて、振り向きざまに睨み据えた。

「貴様!! どのツラさげてこの場所へ……!!」

「ほう? 何か僕が悪事をはたらいたという、決定的な証拠でもあるのかね?」

 セザール・グディノーは、尊大に胸を反って言った。

 たしかに、何も証拠になるようなものは、京旗は持っていない。

 日本大使館にある書類や写真も、状況をそれとなく示してはいるが、具体的な罪の立証には使えない。

「キミの方が、逆に器物破損や住宅損壊で、訴えられることと思うが?」

「くっ……!!」

 京旗を黙らせておいて、セザールは竹邑に向いた。

「どうです、ムッシュー。養殖方法、破格で買い取りますよ」

 内戦を拡大促進する計画は、惜しいところで、レミュール顧問の雇った工作員に妨害された。計画を遂行しなくても決裂するはずだった和平会談は、京旗の作戦で、大成功に転針してしまった。セザールは、ワール国で少しでも利権を獲得し、失敗を覆うために、意地でも、何か一つは成果を手に入れなければならなかった。

「あら~……」

 竹邑は、うーん、と考え込んだあと、ほけら、と目尻をさげて笑った。

「特許は、ボク、取らないつもりなんですよ。この国の国家財産にしてもらおうかなー、なんて思ってるんで。……いや、サブサハラの国々の共有財産にしてもらっても、いいかなー、なんて。ほら、間もなく人口爆発で、人類の危機でしょう? 人類も助かって、この国とか、アフリカも儲かると、いいなあ、なんて」

――よーしオッサン、よく言った!!

「くっ……くっ……くっ……」

 セザールは、竹邑の話の途中から、怒りに震えだしていた。竹邑は大まじめなのだが、どうもその飄々とした態度が、プライドの変に高い人間には、人をおちょくっているように見えてしまうのだ。

――ヤバい!

 と、京旗は、推定将来の兆胡の夫・かっこ一応・かっことじる・のために、怒り爆発する寸前のセザールの前に、かばうようにザッと立った。

 激昂にまかせて、ジャケットの内側にバッと手をいれるセザール。

――くそう、こうなったらこのアグーチ養殖法を知る男を殺す!! そして、養殖をしているという村を探しだし、養殖方法は僕のものに!! 僕だけのものに!!

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