第6話 フランス大使館を動かす方法

 電話を切った後、セザール・グディノーと直接会って話をするために、どうすればダメジャンでの彼の居所を調べられるか、頭を抱えて考えた。

 翌朝、日本大使館の始業より前にドアを押した。学校もそっちのけにした。

 京旗の用件に、大使館職員は仰天した。

「あのフランス人? まずいって、子供が直接会いにいくなんて、冗談じゃない。何しにいくんだ?」

「どうしても、会わなくちゃならないんすよ。住所とか、割れてないんすか?」

「いや、フランス大使館ならともかく、ここでは把握してないよ」

「じゃあフランス大使館に行ってきます!!」

「ああ~っ待って待って~!! そんな勝手なことされたら、困るよ!」

――知ったことか、バーロー!!

 プラトーン地区の同じシテ・アドミニストラティフにあるから、日本大使館事務所からフランス大使館までは、すぐだった。

 さすが、ワール国に三万人もの自国民を住まわせる元宗主国。大使館のビルも、ホールの受付も華やかだった。

「フランス国籍の男です。こちらで知らないはずはないでしょう!!」

 受付の若い職員は、ソバカスだらけの顔をくしゃくしゃにして、困って見せた。

「いやーでも、プライバシーに関わることですからお教えするわけには……」

 と、そのとき、解放されていた両開きのドアの外に、リムジンが止まって、白い手袋によって開けられたドアから、降りてきた初老の紳士が、眉をひそめ、

「ん? 何をごたごたしてるんだね……」

 重鎮といった老人。彼が現れて、しゃきっと仏国大使館事務員が全員、立ち上がった。

「い、いらっしゃいませ、お疲れさまでございま……」

 職員の態度に、こりゃまずいことに、と、苦虫を噛みつぶす京旗。うやむやに追い出されてしまうだろう。

 と、老人の目が、職員たちをさしおいて、よそ者のアジア人の少年に釘付けになった。

「おお! キミはまさか、ケイキ・イッシキ君ではないか!!」

「へ?」

 つかつかと歩いてこられ、手をぐっと両手で握られて、キラキラ目で言われて、

――じーさん、誰だ?!

 と言おうとして、京旗は思い直した。

「あの、失礼ですがどちらさまで?」

「キミの大ファンだよ。ああ、こんな出張めんどくさいと思ってたが、真面目に勤務してれば世の中いいこともあるもんだ。神に感謝を!! まさかこんなところで、本物のムッシュー・ケイキ・イッシキに会えるとは!」

 感激している老人の周囲で、いかついSPたちが、はらはらと様子を窺い、剣呑な視線を配っている。秘書官の男が、泡をくって近付き、

「こここ、顧問。お仕事とお立場をお忘れなきよう……」

「顧問?」

「ああ、申し遅れた。私はオーギュスティヌ・レミュール。どうでもいい仕事だが、フランス大統領閣下のアフリカ担当顧問なんぞやってるもんで、ちょっとヤボ用に呼ばれて当国へ来たんじゃ。ほっほっほ。わしのことなどどうでもよい。ムッシュー・イッシキは何故ここに? ワール国のカカオ栽培の見学かね? それとも、新作ケーキの着想を得に? はたまた、パティシエの技術指導にでも招かれたのかな?」

 わくわくと、たまらなそうな顔。子供みたいなキラキラ目だ。

 顧問の期待するどれにもあてはまらない目的で、家庭の用事でこの国に来た京旗としては、うっと返事に詰まる。だが、次の瞬間、京旗はきっぱりと、

「いいえ、人捜しなんです、顧問」

 顔つきが変わる。顧問のではなく、京旗の顔つきが。

 手を差し出して、改めて握手をし、笑いかける目に、いきいきとした強い輝きが宿る。

「パティシエの誇りを売った男を探索中です。ご助力願えますよね?」

 役職は聞いたこともないし、子供みたいな目をしているが、偉い人らしい。しかもオレのファン。申し訳ないが、利用しない手はない。



 大使館職員を動かさせ、セザール・グディノーの居場所をつかんだ京旗は、タクシーを捕まえると、ダメジャン郊外のグディノーの邸宅に乗り込んでいった。

 森の間の、赤茶けた土の道。わだちの間に雑草が生い茂る道。両側から森が迫ってくる。森を抜けた村で、最も大きな煉瓦作りの屋敷が彼の拠点だった。

「ほう、これはこれは」

 突然の訪問だったが、ガードマンに通され、メイドに奥のリビングに案内された京旗を、セザールは余裕の顔で出迎えた。

「ようこそ。――おっと、ずいぶん剣呑な視線だね。……そうか。知ったのか……」

 残念そうに肩をおとし、ため息をつく、芝居がかった仕草。

 京旗の目が、さらにカッと赤くなり、釣り上がった。

「ほんとうなんすか? 金賞を取るために、オレのクーベルチュールをすりかえたって」

「金賞は実力だよ。キミが失格すればボクが取れるとは限らなかった。うぬぼれるのはよしたらどうだ? キミのクーベルチュールがいつもどおりだったとしても、キミが一〇〇パーセント金賞を取れたとは限らない……だろ?」

 猫撫で声が、癪に触る。

「居直るなッ!!」

 ドガァッと、そこにあったテーブルを蹴り飛ばしていた。気が付くと、京旗は耳まで熱くなっている。拳を握り、それが力がこもりすぎて震えていることにも気付く。

「おっと……」

 セザールは、フフ、と冷笑した。京旗の声は低く、唸るように、

「オレはそれでも信じてたんすよ……。もしかしたら、なんかの間違いかもしれないって……」

「甘いね。甘い甘いデセール(デザート)のような考えだったね」

 ハッハッハ、とセザールは笑った。

 京旗の血圧がさらに上昇した。

 それを楽しむように、セザールはニタリと笑った。

「言っただろ、オレ様は実業界に、華麗な転身をする予定で、最後に華がほしかったのさ。悪く思うなよ。恨むなら、雇用するのに一色京旗より上位の成績を示せと条件を出した、ヘッドハンターの方を、恨んでくれ」

「まさか……!」

 自分が断ったスカウトの話。持ちかけてきた会社が、他のパティシエをあたった可能性。

「アメリカのムカデ……だと?!」

「なんだか不快な言い方だな。正式な社名で言ってくれ。かたぴる・かぴたィテッ!」

 舌を噛んだ赤毛に、プッと京旗は吹き出してしまった。思わず手を打ってからかう。

「言えてないじゃないすか。キャタピラー・キャピタルっすよ~」

「るさいるさいッ!」

「――で。そこまでして就職試験をパスして、粗製チョコ乱造会社に入って、その会社で、この国で、何をやっているっていうんすか? どんなご大層なお仕事を?」

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた。キミと違って、甘味開発の研究者としてだけでなく、管理職としての適正もしっかりあると、僕の高い能力を見抜いた会社は、僕に、この国でのカカオを中心とする製菓用ほか熱帯作物の貿易業務に携わるよう、指示を与えて下さったのだ。僕は今、会社のトップに直接、多大な権限を与えられている身なのだよ。それも、世界有数の企業のね」

「ご託は結構すよ。ゲリラに力を貸してるっていう噂を聞いたんですが、本当なんすか?!」

「将来の人口爆発、食糧危機のことを、キミは考えたことがあるかね?」

――い……?


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