七十九 サンドバッグ

”殴れば殴るほど強くなる!”


 そんな謳い文句が書かれたサンドバッグが、マンションのゴミ捨て場に捨てられていた。

 小型で、黒っぽい、枕くらいのサイズのサンドバッグだった。誰が捨てたか知らないが、そんな代物、中々手に入るもんじゃない。こりゃ掘り出し物だと思って、僕はウキウキ気分でそれを部屋に持ち帰った。


 持ってみると、ずっしりと重い。タイヤ四つ分くらいの重量がある。両手で抱えないと持ちきれなかった。濡れタオルで拭くと泥や砂が落ち、まだら模様こそ残ったものの、そこそこ綺麗になった。早速天井から吊るし、僕はグローブもつけずそれに殴りつけた。


 痛え。思わず涙が出て来た。

 拳の骨が折れたかと思うほどの衝撃に、僕は部屋の中をバッタみたいに飛び跳ねた。触ってみると布のように柔らかいが、中身はかなり固くできているようだ。しょうがないので、手のひらにタオルを何重にも巻き、それでポスポスと殴り続けた。グローブを買うほどの金はない。ぶさ下がったサンドバッグが、いかにも面倒臭そうにゆらゆら揺れた。


 それ以来、僕は学校から帰ると、サンドバッグを殴るのが日課になった。


 ストレス発散に丁度良い。五分も殴っていれば、じんわりと汗が滲む。しかしこれがどうしてそこそこ難しかった。ちょっとでも殴る位置がずれれば、吊るされた紐がくるくると絡まって、その場で回転するだけ。殴っても、サンドバッグは中々真っ直ぐ飛ばなかった。逆に会心の当たりを放って、壁にバシーン! と打ち付けた時には、脳みそから何かがドパドパ出てるような、そんな爽快感があった。


 他にやりたいこともなかったし、短い時間で手軽にやれるので、”サンドバッグ”は結構続いた。

 飽きたら足元に転がして、勉強しながらゲシゲシ蹴ったり、クッション代わりに尻の下に敷いた。


 最初はただ滅茶苦茶に殴っていただけだったけど、そのうち肩甲骨や腰が痛み出したので、動画や本を漁り本格的な拳の出し方を研究した。難しいことが色々書いてあったけど、正直理解できず、とりあえず形だけ真似した。そうすると、自分でも何だかちょっと力強く殴れた気がした。


 僕は嬉しくなって、サンドバッグをひたすら殴り続けた。


 学校で嫌なことがあった時。

 学校で嫌なことがあった時。

 それから、学校で嫌なことがあった時。


 時には金属バットで殴りつけたりもした。拾い物のサンドバッグはなかなかどうして頑丈で、特に破れるようなことはなかった。


 それが丁度一年くらい続いた。


 もしかして、本当に自分は強くなったんじゃないか……勝手にそう思った。一度誰かと闘ってみたい、そう思った。


 そんな時だった。ふとあのサンドバッグの説明書が目に入った。床に転がっている。いつの間にか部屋の隅に入り込んで、埃の下に埋まっていたらしい。僕は黒ずんだ説明書を拾い上げた。

”殴れば殴るほど強くなる!”

 そんな文面が書かれた説明書だった。何となしに裏をめくった。


”殴れば殴るほど強くなる! ……宇宙卵!


この卵は、銀河系の外から獲れた特殊な卵で、温める代わりに殴ることで中の雛が成長します。殴り方愛情次第で、雛はいくらでも凶暴になり、中には惑星一つ滅びたことも。


 肉を切り裂く牙、岩をも砕く爪! 剥き出しの闘争本能をお約束! およそ一年くらいで雛は卵から孵り……”

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