六十九 証拠の有無

「免許証は?」

「…………」


 片田舎のあぜ道で警官に停車させられ、私は黙ったままポケットから免許証を取り出した。時刻はすでに夜の2時を回っている。こんな夜中に検問だなんて、何かあったのだろうか。


「フン……ジョージ・サロモンね」

 私がジョージ・サロモンなことがそんなに不満だったのだろうか、警官がジロリと私の顔を睨み付けた。


「貴方がジョージ・サロモンである証拠は?」

「はあ?」


 訳が分からず、私がぽかんとしていると警官は渋い顔で蓄えた顎鬚を撫で始めた。

 

「免許証じゃダメなんですか?」

「数時間前、この付近で殺人事件が起きてる。手口が最近の連続殺人と同じだった。容疑者はトーマス・ヤング31歳。ちょうどあんたくらいの年齢だな」

「だから、免許証があるでしょう?その事件はニュースで聞いた事ありますけど、私は犯人じゃありませんよ」

「どうかな。連続殺人犯なら、カードを偽装するくらいやってそうだ」

「そんな無茶苦茶な……」


 私は思わず苦笑いを浮かべた。この付近で世間で話題の事件が起こったことも驚きだが、まさか自分が容疑者として疑われ巻き込まれることになるとは。


「犯人を匿っているかもしれない。念のためトランクを調べさせてもらおうか」

「お断りします。大体、貴方が本物の警官である証拠はあるんですか?」

「なんだって?」


 警官がピタリと動きを止め眉をひそめた。


「さっき警察手帳を見せただろう?」

「分かりませんよ。犯人が逃走手段を確保するため、警官のふりをしているのかもしれない。未だに捕まってない連続殺人犯なら、変装の一つや二つ持っていてもおかしくないじゃないですか」

「フン……だったら話は早いな」


 途端に彼の顔はまるで別人のように邪悪に歪み、銃口を私に向けた。


「さっさと車を降りろ」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!?まさか、冗談でしょう?」

「本当だよ。俺がトーマス・ヤングだ」

 私は目を丸くした。ほんのジョークのつもりだったのに、本物を引き当ててしまうなんて。


「あ、貴方が例のトーマス? 本物の?」

「だと言ってるだろ」

「しょ、証拠はあるんですか?貴方が連続殺人犯だって証拠は……」

「もちろんあるさ。これが……」

 男がニヤリと笑って、引き金を引いた。

「その証拠だ」

 

 乾いた音が人気のないあぜ道に響き渡り、空薬莢がコンクリートに転がっていく。防弾チョッキにめり込んだ9ミリの弾丸を手で払いながら、私は勢いよく車のドアを開けた。おそらく何が起こったのかも理解できていない男が、驚愕の表情のまま地面に尻餅をついた。私はゆっくりと彼が落とした銃を拾い上げた。


「観念しろ、ヤング。お前には射殺命令が出てる」

「け、警察?」


 今更のようにヤングが私の胸に光るバッジに気づき、途端に狼狽えはじめた。私は苦笑した。どうやらこの男、見事に勘違いをしているようだ。


「待て! 待ってくれ! あんた警官か? 本物の?」

「どうかな……このバッジが本物だって」


 しっかりと狙いを定め、指先に力を込めていく。


「証拠はないんだ、残念ながら」

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