四十四 ゾンビ法
人は死んだらお終いだ。
だけど、僕らゾンビは違う。むしろ死んでからが始まりなんだ。
それが、先輩ゾンビの高浜さんの口癖だった。僕がゾンビになった初日、高浜さんはこの社会でゾンビとして生き残るための様々な術を教えてくれた。
もしかしたら皆さんの中には、ゾンビは「死なない」なんて思っている方もいるかもしれない。とんでもない。もちろん、何事もなければ僕らはいつまででも生きていられる。だけどテレビゲームやら映画でご存知の通り、僕らはとっても脆い。拳銃1発でも撃ち込まれようものなら、腐りきった体はたちまち木っ端微塵になってしまう。骨も肉も生きていた頃とは比べものにならないほど弱っているから、階段を上るのも一苦労だ。むしろゾンビに出会ったら、もっと優しくしてもらいたい。
そんな僕らゾンビの仕事はたった一つ。「襲ってくる人間から逃げること」だった。
フィクションの世界ではゾンビは逆に人間を襲い、「ゾンビウイルス」のような感染する何かで仲間を増やそうとする。だけど現実にそんなファンタジーな代物は存在しない。僕らが健康な人間に噛み付いたところで、その人はゾンビになんてならない。変な病気に罹る可能性はあるけれど。
実際は若い血の気の多い連中が、街中にひっそりと潜むゾンビを集団で襲って楽しんでいるのが現状だった。政府が定めた『ゾンビ法』により、ゾンビは殺しても罪にならなかった。おかげで僕らは、日が落ちるとおちおちコンビニで買い物もできなかった。
「楽しみを見つけることだよ」
高浜さんはそう言って笑った。
「ゾンビ生活は敵が多い。若者もそうだし、野犬、交通事故、自然災害……びっくりするくらいちょっとしたことで死んでしまう。いくら半永久的に生きると言ってもね。だからこそ、生きてるとき以上に、何か今日を生きる楽しみを見つけるべきなんだ」
「はあ……楽しみ、ですか」
高浜さんの隣で、僕は思わず唸った。何しろ人間だった頃から、毎日楽しいと思えることはそれほど多くなかったのだ。
僕らはしばらくベンチに腰掛け無言のまま、目の前の公園を眺めた。5歳くらいの女の子が、芝生の上でお母さんが投げたボールを追いかけている。何だかとても懐かしい気分になって、僕は胸が締め付けられた。
ふと、ボールが角度を変えて僕らの方に転がってきた。僕は全身筋肉痛みたいに軋む体を鞭打ち、震える手で足元のボールを拾ってあげた。全く、たかがこの程度の動作なのに、全然体のコントロールが効かない。ゾンビにはなりたくないものだ。
「ほれ」
「ありがとう、おじいちゃん」
ボールを受け取ると、女の子は不思議そうな顔をして僕を眺めた。僕はしわがれ声で笑った。
「お嬢ちゃん、ゾンビを見るのは初めてかい?」
「うん」
「ダメよ! ゆい!」
するとお母さんが慌ててこちらに飛んできた。
「ゾンビと話しちゃダメ!」
「でも、ボールとってくれたよ?」
「ダメなの! ゾンビはもう、人間じゃないんだから!」
「いいんじゃよ、お嬢ちゃん。お母さんの言うとおりじゃ。ワシらが悪いんじゃ」
女の子を僕らから遠ざけると、お母さんは怒ったように腰に手を当て頬を膨らませた。
「全く! 法律で決まってるでしょ! 貴方達は、人間として扱わないって!」
「すまんのう……」
「もう行こう、ここは目の毒だ」
高浜さんがそう言って僕らは公園を後にした。
テクノロジーが発展しすぎて、人間が半永久的に生き延びられるようになった現代。超超高齢社会を迎えた日本は、100歳を超えた者を『ゾンビ』とみなし、社会から追放することを決定した。
そして昨日、僕は晴れて100歳の誕生日を迎え、人間をやめることになった。余りにも発展しすぎた医療技術は、このまま僕を数千万年先まで生かし続けるだろう。どっかの科学者が発明した形状記憶細胞のおかげで、何も食べなくても、眠らなくても僕はこのまま老い続ける。
人は死んだらお終いだ。
だけど、お終いは決して不幸なことばかりではないと、時々ゾンビな僕はそう思う。
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