二十八 見えないひと。

 生まれつき僕には霊感がある。


 他人には見えない幽霊が見えるのだ。幽霊と言ってもほかの人間と変わらず同じように街中で暮らしていて、彼らは洋服も着てるし足もちゃんとある。


 霊感に気づいたのは小学校に上がってからだ。

校門の前に一人の女性が立っていたので、僕は挨拶をした。最初僕は普通に生きた人間がいるのだと思った。だけどよくよく観察していると、学校に来る生徒全員が素通りし、先生までも女の人に気づかないまま通り過ぎた。


 僕はその時、僕にしか見えない人間がいることを知った。たまに大怪我をしてる幽霊もいるが、大概の幽霊は僕らと姿は何も変わらず、誰にも気づかれることなくただそこに存在していた。


 ある日、僕は屋上で同い年くらいの女の子と看護婦さんの幽霊と出会った。女の子は車椅子に座っていて、遠くの方の空を看護婦さんとずっと眺めていた。ドッチボールで外野に弾き出され、みんなの輪の中でやる事がなくなった僕は彼女たちに歩み寄るとそっと話しかけた。


「こんにちは」


 僕がそう言うと、二人はとても驚いた顔をした。

自分たちが認識されているとは思っていなかったのだろう。だけど僕にとっちゃ幽霊も生きた人間も同じように変わらず見える。僕はその場に座り込んで、幽霊たちとの会話を楽しんだ。最初は戸惑っていた女の子も、しばらくするとはにかんだ笑顔を見せてくれるようになった。


「さっき誰と話してたの?」


 教室に戻る途中、不思議そうに尋ねる友達に、僕は笑って首を振るだけだった。見えていないものを説明するのは難しい。それから僕は昼休みの度に、屋上に行っては女の子の幽霊との会話を楽しんでいた。


 中学に上がるとき、僕は屋上で二人の幽霊に別れを告げた。女の子は寂しそうだったが、笑って僕を送り出してくれた。夕日に照らされた看護婦さんも優しく僕に微笑んでくれた。僕は二人にまた必ず会いに来ますと伝えた。別れ際、女の子は僕に飴玉をくれた。屋上をあとにすると、神妙な面持ちの友達に呼び出された。


「おいちょっと……」


 そう言って彼は言葉を濁して話してくれた。「幽霊が見えちゃうのはまずい」



 何故なら幽霊は、霊感のある人だけに見える特殊な存在……


 ……ではなくて、みんなにも見えてるんだけど敢えて見えないふりをされている人間なのだから、と。



「どういうこと?」


 僕は最初訳が分からなかった。その友達も詳しくは分からないようだった。


「お前が屋上で車椅子の女の子と看護婦さんに話しかけてるのは知ってる。みんな目撃してる」

「だったら何で、気づいてないふりなんてしてたんだ?」


 彼の告白に僕は驚いた。

誰も彼女たちを認識してなかったはずだ。まさか全員に見えていたなんて。まさかクラス全員が霊感の持ち主だったのか。

 そうじゃない、と彼は目を逸らした。

そして聞かされた。要するに、街中でスルーされている人たちは幽霊なんかじゃなくて、何らかの理由で……社会の規範を大きく乱したとか、輪の中に収まりきれない性格とか、生まれた土地柄とか……敢えてこの街全員に村八分状態にされた、「生きた人間」だったという訳だ。


 それで僕は納得した。

道理で彼ら幽霊は普通の人と同じように見えていたわけだ。だってその正体は普通の人だったのだから。その正体を明かしてくれた友達と気まずい感じで別れたあと、僕はとぼとぼと家に帰った。帰る途中何人かの「幽霊」と会ったので、僕は目を合わさず会釈して通り過ぎた。


 ポケットに手を突っ込むと、屋上の女の子がくれた飴玉が出てきた。実態のある飴玉だ。お返しは何がいいだろうか。女の子の喜ぶ顔を思い浮かべながら、僕は飴玉を口に放り込んだ。甘くて苦くて、僕はうっかり泣きそうになった。


 生まれつき僕には霊感がある。


 他人には見えない幽霊が見えるのだ。幽霊と言ってもほかの人間と変わらず同じように街中で暮らしていて、彼らは洋服も着てるし足もちゃんとある。大概の幽霊は僕らと姿は何も変わらず、誰にも気づかれることなくただそこに存在していた。

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