十四 しあわせさん

「この部屋には『しあわせさん』が出るんですよ」


女将が笑いながらそう教えてくれた。小さな旅館に伝わる噂話のようなものらしい。何でも朝方の4時から5時の間に『しあわせさん』は現れて、身の回りの世話を焼いてくれる可愛らしい少女の妖怪らしい。その姿を一目見ることが出来たなら、その人に幸運が舞い込むとか。


「ただし」

この話には尾ひれが付いていて、もし目撃したのが4時44分なら24時間以内にその人は死ぬ、というものだった。死合わせとの言葉遊びだろうか。とにかくその晩は長旅の疲れもあって、私は目覚ましをかけると直ぐに眠り込んでしまった。



「ねぇ、おきてよ。おきてってば」

胸の上に重みを感じながら、少女の声を耳にして私は目を覚ました。驚きのまま目を開けようとして、既の処で踏みとどまった。昨晩の女将との会話を思い出していた。

「おきてよぉ」

可愛らしい声とその両手で私は顔を揺さぶられた。その声に邪気は無いように感じた。 私は唾を飲み込んだ。


今、何時だろうか。


確かめる術が無い。

よくある与太話と内心信じていなかったが、こうして少女が現れた以上、時間も気にせずにはいられなかった。幸運が舞い込むか、もし44分なら死……目を開けるにはリスクが大きすぎる。


その時。


けたたましい音を立てて携帯のアラームが鳴り響いた。そうだ。私は毎日5時に目覚ましをセットしていた。つまり、今時間は……。


私はゆっくり目を開けた。


胸の上に何とも可愛らしい、和服の少女がちょこんと座っていた。恐る恐る周りを見てみると、散らかしたままだった部屋が綺麗に片付けられている。この子がやってくれたのだろうか?


「また会おうね」


そう言って微笑むと少女はスーっと姿を消した。とても害のある少女には見えなかったが……これで私にも幸運が舞い込むのだろうか。ともあれ、助かった。私は冷や汗と心臓の鼓動を静め、携帯で時刻を確認してみた。


電源はオフになっていた。

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