第68話 偶然の産物
「喰らえっ!!」
「うおっ!?」
小男の視界を塞ぐようにイチは左手から大規模の黒渦を作り出すと、一瞬だけだが小男の視界からイチの姿が消え去る。一瞬とはいえ、視界が黒渦に覆われた事によって驚愕して隙を作り出す。
この時にイチは左手の肘先に意識を集中させ、もう一つの黒渦を作り出す。その結果、肘先に出来上がった小規模の黒渦の中に肘を突っ込むと、小男の視界に広がった黒渦の中心部にイチの肘が出現する。
「なっ……!?」
「閉じろぉっ!!」
黒渦で視界に覆われただけではなく、更に黒渦の内部に出てきた人間の肘を見て小男は完全に動揺してしまい、その隙を逃さずにイチは両手の黒渦を同時に解除した。
――二つの黒渦が発動している間はイチは「異空間転移」を行えるが、仮に黒渦の間に肉体を通した状態で黒渦を閉じた場合はどうなるか、答えは異空間による「反発」を受けて身体の面積が多く出ている方に弾かれる。
短剣を射出させるときと同じ要領で黒渦の中に突っ込んでいたイチの左肘は弾かれ、小男に目掛けて凄まじい勢いで拳を繰り出す。まるで限界まで押し込んだ「バネ」が解放されて一気に飛び上がるかの如く、イチの拳は隙だらけの小男の腹部を貫く。
「ぐほぉっ!?」
「あだぁっ!?」
小男の悲鳴とイチの情けない声が響き渡り、腹部を打ち抜かれた小男は地面に転がり込み、あまりの威力に悶絶する。その一方でイチの方も肘を抑え、危うく骨が折れるところだった。
どうにか小男を殴り飛ばす事はできたが、想像以上に異空間の「反発」の力が強すぎたらしく、危うくイチは腕の骨が折れるところだった。だが、それでも倒れた小男を見てイチは涙目を浮かびながらも勝利を確信する。
「や、やった……勝った、のか」
「く、くそっ……うおぇええっ!!」
「うわっ!?」
腹部に強烈な打撃を受けた小男だったが、それでも立ち上がろうとした。だが、途中で耐え切れずに四つん這いになると、胃の中の物を吐き出す。
イチが土壇場で一か八かの賭けで生み出した技、それは収納魔法の「反発」とブランから教わった「崩拳」を組み合わせた技であり、彼の想像以上の威力を引き出した。
(いててっ……拳も痛い、肘もやばいかも……)
しかし、攻撃の反動としてイチは肘を痛め、更に殴りつける際に拳が腫れあがってしまった。当然と言えば当然の結果であり、戦闘職の人間に通じる程の打撃など繰り出せば身体を痛めるのは当たり前だった。
戦闘職の人間は肉体の構造そのものが一般人とは異なり、普通ならば一般人の打撃など受けてもびくともしない。しかし、イチが繰り出した攻撃は普通の人間の領域を超えており、収納魔法の「反発」を利用した最高の一撃だと言えた。
(この技、かなり強力だけど……こんなのばっか使ってたらいくら回復薬があっても足りないな)
腕の痛みを覚えながらもイチは立ち上がり、溜息を吐き出す。危うく骨が折れかけ、拳も壊れるところだった。だが、新しい収納魔法の戦闘法を思いついた事は嬉しく、考えを改め直す。
(いや……腕を痛めたのは単純に僕の筋力が足りないだけじゃないか?それに反発の力も少し強すぎた気がするし、もう少しうまく調整すれば普通の戦闘でも使える様になるかも……一度、ちゃんと身体を鍛え直してみるかな)
折角覚えた戦闘法をこのまま諦めるのは惜しいと思い直したイチは倒れた小男に視線を向ける。嘔吐した後に気絶してしまったのか、白目を剥いたまま動かなくなった。その様子を見ていちは生きているのか心配するが、とりあえずは警備兵に突き出す事にした――
――その後、イチは小男を警備兵に突き出すと、どうやら小男の正体は冒険者ではなく傭兵だと判明した。この傭兵は前々から警備兵が目を付けていたらしく、過去に犯罪歴もあるという。だからこそイチが小男を突き出すと彼等は喜んで報奨金まで差しだしてくれた。
「いや、助かったよ。この男は前々から色々と問題を起こしていてね。次に何か犯罪を犯したら監獄に送り込む事は決定してたんだよ」
「そうなんですか……」
「それにしても……いった誰があの男をあそこまで痛めつけたのか、君は心当たりはないのかい?」
「……ありませんね」
イチは警備兵に通報して小男を連行させた際、彼は小男を倒した事は報告せず、偶然に空き地で倒れている所を発見したとだけ伝えた。理由としてはイチが小男を倒したと言っても警備兵が信じてくれるとは思えず、黙っておくことにした。
普通は戦闘職の人間が魔法職の人間を相手に素手で負けるなど有り得ない事態であり、仮にイチが本当の事を話しても警備兵は信じないだろうと思った。それに捕まった小男の方もまかさイチに殴り飛ばされて負けたなどと供述するはずがなく、それを認めてしまえば彼は戦闘職の人間でありながら一般人と大して変わらない身体能力の魔法職の人間に負けた事を認めてしまう。
戦闘職の人間は肉体の強さを誇りにしている人間も多く、実際にイチに敗れた小男もまさかイチに殴り飛ばされて気絶したなど口が裂けても言えず、尋問の際はずっと何も喋らずに黙り込み、そのせいで警備兵の印象は悪くなった。
結局は小男は監獄に送り込まれる事になり、こうしてイチは自分を付きまとっていた悪党を捕まえる事に成功した。その後、武器が完成する期日までの間はイチは何事もなく過ごし、ついでに新しい戦法の研究に集中する事ができた――
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