第67話 魔紋の意味

「こそこそと嗅ぎまわるのはここまでだ……さあ、話は終わりだ。お前がどんな手段で採掘場に忍び込んで鉱石を発掘してきたのか、その方法を教えてもらおうか?」

「くっ……」

「あの採掘場に魔物に気付かれない秘密の抜け道でもあるのか?それとも魔物に襲われない特別な魔道具でも持っているのか?さあ、答えろ!!」



短剣を逆手に持ち替えた小男はイチにゆっくりと近づき、そんな相手に対してイチは必死に黒渦から短剣を射出させようとしたが、左手に発現した黒渦は反応しない。



(くそ、どうして……何で反応しないんだ!?)



イチは左手の黒渦が反応しないため、近づいてくる小男に対して無意識に後ろに下がろうとした。だが、この時に右手の肘の方に違和感を感じる。



(何だ?肘の当たりに何か……うわっ!?)



後ろに下がろうとした途端、右手の肘の方に違和感を覚えたイチは顔を向けると、すこし見えにくいが右手の肘先の方に小さな黒渦が出来上がっていた。それを見たイチは驚愕の表情を浮かべ、いつの間にか自分が肘先に黒渦を発現していた事に気付く。


左手の黒渦が反応しなかった理由はイチは知らず知らずのうちに二つの黒渦を発動させ、そのせいで異空間から道具を取り出せなかったのだ。黒渦を二つ作り出した場合、黒渦同士が繋がって異空間から物体を取り出せなくなる事は以前の研究で判明していた。



(そうか、そういう事だったのか……でも、どうしてこんな場所に黒渦が?)



今まで黒渦を発動する時は必ずイチは掌を通して作り出していたが、何故か今回に限っては肘先に黒渦が発現した事に戸惑う。しかし、ここでイチは先ほど習得した「魔紋移動」の技能を思い出す。



(まさか魔紋を移動させるって……そう言う事か!?)



即座にイチは魔紋移動の真の意味を理解した。イチがこれまで収納魔法を発動させた時は掌を通して発現できなかった理由、それは魔紋が掌の甲に浮かんでいたからである。




――魔術師が魔法を発動させる際、必ず身体の何処かに魔紋が浮き上がる。この魔紋は魔法を発現させた時の証ではなく、もしかしたら体内の魔力を魔法に変えるための出入口の役割を持つのかもしれない。




そう考えればイチは魔紋を先ほど右手の甲から肘に移動させたため、魔法を発動させる出入口が移動し、そのせいで肘先に黒渦が発現できるようになった可能性が高い。


肘先に誕生した黒渦は小男から見えにくい位置に存在し、イチ自身も気付く事が遅れた。だが、肘先に浮かんだ黒渦を見てイチはある方法を思いつく。



(この位置に黒渦があるのなら……)



肘先に浮き上がった黒渦と、イチは左手に浮かんだ黒渦を見てある方法を思いつく。しかし、今までに一度も試した事がないので成功するかは分からないが、ゆっくりと近付いてくる小男は既にイチの戦闘法を知っている様子だった。



(今までのやり方で戦っても勝てるかは分からない……なら、やるしかない!!)



小男に知られていない戦法を試すためにイチは一旦両手の魔法を解除させ、後ろに下がる。その様子を見て小男は笑みを浮かべ、イチは自分に怯えていると判断した。



「安心しろ、殺しはしない……もしもお前の知っている方法が俺に実践できない場合、その時はお前に鉱石を取ってきてもらうだけだ」

「……そんな命令、僕が聞くと思う?」

「それなら逆らえないように調教してやる……じっくりと、時間をかけてな」



舌なめずりしながら近付いてくる小男に対してイチは不気味さを覚え、小男は男性にしては綺麗に整った顔立ちをしているイチを見た時から狙っていた。


小男がイチを付け回した理由は鉱石を得る事と、彼自身の身体だった。だからこそ絶対に逃さないようにじりじりと追い詰め、やがてイチは後方に存在する建物の壁際まで追い詰められる。



「大人しくしろ……そうすれば命だけは助けてやる」

「……この位置なら大丈夫かな?」

「あ?」



イチの言葉に小男は疑問を抱くと、この時にイチは左手を前に構えると、右手を腰の位置に構える。それはブランから教わった「崩拳」を繰り出す際の構えであり、そんなイチに対して小男は呆れた表情を浮かべた。



「……何のつもりだ?そんなハッタリで俺をどうにかできると思っているのか?」

「ハッタリだと思う?」

「はっ……舐めてんじゃねえぞ、ガキが!!」



暗殺者の職業は「戦闘職」であり、当然だが魔法職のイチでは小男の身体能力には遠く及ばない。だが、それでもイチはここで抵抗を辞めるわけにいかず、覚悟を決める。


攻撃を仕掛けるのは暗殺者が射程圏内に入った瞬間であり、イチは左手を前に構えた状態で右手で拳を握りしめて構える。好機は一度きりで有り、避けられた場合は後はない。



(やるんだ……やるしかないんだ!!)



覚悟を決めたイチは前に突き出した左手を小男に向け、まずは相手を攪乱させるために黒渦を発現させ、小男の視界を奪う。

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