第37話 リルの誓い

――ギルドマスターの依頼を受けたイチは護送任務を引き受ける日、彼の元に訪れて40キロの「ミスリル鉱石」を回収する。異空間内にミスリル鉱石を取り込むのをギルドマスターは確認すると、何としても弟の元に届ける様に頼む。



「では、お主に任せたぞ。ミスリル鉱石をお主が管理している事は他の冒険者にも知らせてはならん、分かったな?」

「はい、誰にも言いません」

「うむ、では任せたぞ」



イチはギルドマスターの言葉に頷き、決して本物のミスリル鉱石を自分が運んでいる事は伝えない事を約束し、部屋を出た。この後はしばらく時間を潰した後、昼に出発するはずの護送任務を引き受けた冒険者と同行するだけである。


今回の護送任務に選ばれた冒険者に関してはナイは知らされておらず、どんな人物と一緒に仕事をする事になるのかと考えながらも準備を整えると、遂に時間を迎えた。護送任務を引き受けた者達は冒険者ギルドの前に止まった馬車の前に集まる予定だった。



「よし、行くか……」



時間を迎えたのを確認するとイチは外へ移動すると、既に護送用の馬車は用意されており、その前には数名の男女が立っていた。その内の一人はイチも顔見知りであり、お互いに顔を合わせると驚きの声を上げる。



「えっ……リル?」

「その声は……イチさん?貴方も今回の任務に?」



今回の護衛任務にはリルも参加していた事が発覚し、彼女はイチと同じく既に銅級冒険者のバッジを身に付けていた。リルはこの間に鉄級冒険者になったばかりだが、ホブゴブリンの討伐の件で彼女は手柄を評価され、特例で銅級冒険者に昇格したという話はイチも聞いていた。




――基本的には冒険者が階級を昇格するには試験を受ける必要があるのだが、大きな功績を上げた冒険者の場合は特例で試験を受けずに階級が昇格する場合もある。




ホブゴブリンの討伐に関してはリルだけの手柄ではなく、むしろイチがいなければホブゴブリンの討伐は果たせなかったのだが、ギルド側はホブゴブリンを倒したのはリルの功績だと判断する。


理由としては参加した冒険者の中でリルは最も手練れであり、しかもホブゴブリンを討伐したのが攻撃魔法も仕えないイチだと言われても簡単に信じるはずがない。当然だがリルはホブゴブリンの討伐を果たせたのは自分の力だけではないと主張したが、結局はギルド側は彼女が他の冒険者に遠慮していると判断し、まともに聞いてくれなかった。


同行していたケンとファイは既に引退してしまい、日頃から他の人間に自分の実力が軽く見られている事を知っていたイチはホブゴブリンの討伐の一件はリルの協力があったからだと報告する。リルとしては自分は碌に戦ってもいないのに功績を独り占めしたような形になってあまり気分は良くないが、彼女を説得したのもイチだった。



『どうせ僕がホブゴブリンを倒したと報告しても誰も信じてくれないよ。それにリルもいなければどうなっていたかも分からないし……』

『ですが、それでは筋が通りません!!私は何もしていないのに……』

『そうでもないよ、リルが時間を稼いでくれたから少なくともケンさんは救えたよ』



ホブゴブリンとの戦闘ではヒリンを殺されて正気を失ったケンが無防備にホブゴブリンに突っ込み、返り討ちに合った。あの時にリルがホブゴブリンの注意を引いていなければ彼の治療は間に合わず、死んでいた可能性も高い。


それにイチが一人でホブゴブリンと遭遇していた場合、冷静に対処できずに殺されていた可能性も高い。実際にヒリンが殺されたのは運が悪かっただけとしかえ言えず、最悪の場合はイチが真っ先に殺されていた可能性もあった。



『遠慮しないでいいよ、どうせ収納魔術師の俺は一人で手柄を上げない限りは昇格何て認められないだろうし……』

『ですが、それでは私の気が収まりません!!』

『う〜ん……それなら今度一緒に仕事をする機会があれば、その時に助けてよ。知っての通り、収納魔術師を馬鹿にする人は結構いるし……』

『……分かりました、約束しましょう。今後、貴方を馬鹿にする人がいたら私は決して許しません。必ず貴方を守って見せます』

『そこまで気を張らなくてもいいけど……』

『いいえ、これもけじめです!!』



リルはイチの言葉を聞いて決心し、今後は自分の前でイチを馬鹿にするような発言をする人間から彼を庇う事を約束する。その熱意に押されてイチも何も言えず、彼女の行為に甘える事にした――






――時は現在へ戻り、イチは今回の護送任務に彼女も参加している事を知って驚き、リルの方もイチが護送任務に選ばれた事に意外に思う。今回の任務は護衛であるため、この手の任務は本来ならば戦闘力の高い冒険者が選ばれやすい。



「イチさんも参加するのですか?」

「うん、まあ……補助役サポーターとしてね」

「イチ?今、イチと言ったか?」



リルの後ろに立っていた頭に犬耳を生やした青年が反応し、彼もイチが知っている人物だった。イチとリルと同じく銅級冒険者であり、少し前からよく仕事をする間柄だった。




※今日はあと1話投稿します。

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