最悪の願い事編

第1話 転生

 ここはどこだ? いやその前に、私は死んだはずじゃなかったか。


 新井朝日28歳独身のアラサー。記憶は間違いない。イノシシに突き落とされたのも覚えている。では何だ、意識だけ失って実は生きていた?

だとしても、どこからも痛みは感じないし、ここは明らかに病院だとか病室だとかではない。


 体は動くか? ――動く。自分の姿を確認してみよう。


 …………手が小さい。まるで赤ん坊のよう――いや、本当に私が赤ん坊なのだ。


 これはもしや、ライトノベルや漫画でよくある異世界転生とやらを私がしてしまったのではなかろうか……。しかし異世界転生の定番は中世ヨーロッパ的な世界だろう? ここはとてもじゃないが中世には見えない。


 こう見えても学生時代にラノベは読み漁ったから、それなりに詳しい方だとは自負している。


「はぁ……」


 さっきから自問自答ばかりしてる自分に呆れてため息が出る。声は出しにくいが赤ん坊でもため息は吐けるのか。


 ――状況を整理しよう。今私は建物の中のフカフカなベッドの上で横になっている。建物は石造りであまり詳しくはないが1900年代っぽい。


 左右を見ると随分と横に長いベッドで、私と同じような赤ん坊が並んで寝ている。言うなれば新生児室。


 そして、今一番気になるのが右手首の内側。妙な形の痣、だろうか? 薄紫色の模様がついている。


あいあおうおいいあいああ何かの蕾みたいだな……」


 だめだ、喋らないほうがいい、うまく発音できない。今言ったように、何かの蕾にも見える痣だ。


 新生児室があるということは産婦人科医院のようなものがあるのか――ん、足音が近づいてくる。誰か来るのか?


 扉が開き、入って来たのは2人の女性。1人は黒いロングヘアで、もう1人は金のボブヘア。どちらも日本人ではないだろう。


 2人は迷いなくこちらに来ると、黒髪の方が私を抱き上げた。


「あぅ、あぅ」


 体が小さいとはいえ軽々と……。20年以上人に抱っこされた事なんて無いから、落ちそうで流石に怖いな。


 2人の言っている言葉も理解できないし、いよいよ本当に日本人じゃなさそうだ。


 いやはや、来たという表現が正しいかは定かではないが、こっちに来てからというもの分からないことが多すぎる。しかもこれからどこかへ連れて行かれそうだ。


 先が思いやられるが、物語の主人公のように壮絶な人生じゃないといいんだけどな……。



  ――✿✿✿――



 私がこの世界に転生してからおそらく1週間が経っただろう。凄まじいことがあった……。結論から言おう、私は今、凄まじく――。


あいえいあ快適だ〜〜」


 おっといけない、つい前世の癖で喋ろうとしてしまう。

まぁ言葉通り、とても快適な暮らしをしている。赤ん坊だから自分で何かをする必要もないし、おしめだって取り替えてくれる、ちょっと恥ずかしいけれど。


 意識的に会話を聞くようにしていたら、何度も呼ばれているうちに自分の名前は分かるようになった。

私の名前は「ヒバナ」というらしい。そう、日本語の「火花」と大差ない発音なのだ。


 詳しい意味はまだ分からないのでいい名前であることを祈るしかないが、日本語に近い発音の言葉があるというのが分かったことは大きな収穫だと言えるだろう。


 しかし、未だ解せないところも多い。手首の痣も然り、転生してから私は男性というものを見ていない。つまり私も、私の世話をしてくれる人も、新生児室で一緒に寝ていた赤ん坊たちも、全て女性なのだ。


 ここは映画のような女だけの国――のような場所なのだろうか……?


 謎が深まるばかりだが生まれ変わったからには生きよう。せめて前世より長生きしたいな。



  ――✿✿✿――



 時は流れ、私は3歳になった。言葉もほとんどマスターし、不自由ない暮らしを送れるようになった。


 私の名前は新井朝日あらため「ヒバナ=ノイマン」。どうやら悪い意味ではないらしい、むしろいい名前だ。


 こちらではヒバナは夜明けや日の出を指す言葉だそう。初日の出は初ヒバナということだ。ノイマンの方は……名字に近いもの、としか言えない。


 その他にも、人の名前には多く日本語のような単語が使われている。


 分かったのはそれだけではない。

ここは島国で女性しかいないということ、は私たち子供を愛情込めて育ててくれているということ、今の所私以外に転生した人は見ていないということが分かった。


 未だに分からないのは右手首の痣だ。これは3年経っても消えることはなく、むしろ形を変えて大きくなった。それはもう、「彼岸花」の花のような柄に。


 3年前に私が花の蕾だと予想したのはあながち間違いではなかったのだ。


「のどがかわいた」


 流石に3年も経つと多少難はあるものの、喋るのも歩くのもできるようになった。


 今私がいるのは託児所のような場所。他の子が使ったおもちゃやらが散乱している部屋の中央、机の上に飲み水の入った瓶が置いてある。あそこから少し水をもらうとするか。


「よっこらせ」


 3歳児がよっこらせなんて言いながら椅子を這い上がってる姿はなかなかシュールではなかろうか。


 さて、椅子に登って机の瓶に手を触れる。

――その瞬間瓶が手元から吹っ飛び、机を挟んだ反対側の壁に叩きつけられて弾け飛んだ。


「……え?」


 おそらくこれをやったのは私なのだろうが、その私ですら何が起こったのかまるで理解できない。え、本当に何が起こった?


 しかしそんなことを考えている暇もなく、今度は突然激しい目眩に見舞われた。立っているのもままならない、だがここは椅子の上だ。


「やばいっ……」


 私は体勢を崩し椅子から落ちて、何が何だか分からないまま意識を失った。

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