りんご味のハロウィン

カゼタ

全ての入院中糖尿病食者に捧ぐ…

 遥か昔、遠くケルトの民の祭祀が、ローマ文化・キリスト教・アメリカ文化の影響を受けて変容し、世界の文化と宗教の坩堝、ここ日本へ伝来したのは、今は昔の物語。ハロウィンと日本は宗教と文化のごった煮という点から、相性は抜群であると言えるだろう。

 誰が言ったか、北海道の晩秋は、かつてケルト文化が隆盛したブリテン島の気候によく似ていると云う。かつて厳かな、新年を迎えるための風習は、このような気候の下で執り行われたのだろうか。

 しかしその面影は今は無く、鮮やかな仮装とパンプキンカラーに彩られた楽しいお祭りに、ハロウィンは姿を変えているが。


 そんな世間の軽やかなパンプキン臭は、私の入院先にすら、いつの間にか吹き込んでいるようだ。

 今日は10月29日、ハロウィン前最後の病院営業日である。朝から思春期の女性患者は明るく色めき立っている。その会話の中心にはハロウィンと、今日の昼食があった。なんだかおじさま方も釣られて笑顔が多い。糖尿病食の私だが、きっと今日ばかりはその罪を赦され、献立表に燦然と輝く、「チキンステーキ」と「パンプキンプリン」の文字に傅く事を許されるのだと、とても軽やかな朝を過ごしているところだ。

 院内ジムで体を動かし、汗をシャワーで流して、待ちきれずにソワソワと、配膳室の近くを散歩した私は、まるで冬眠前に獲物を探して彷徨う羆が如しであったろうが、件の思春期女子達も、さながら子熊の様相で彷徨っていたので、おあいこであったと思いたい。

 この病院の配膳室では、配膳前に配膳員諸氏による検食が実施される。配膳員諸氏は全員が女子であられ、つまりはスイーツが出てくる日には会話が盛り上がり、少し配膳室近くで聞き耳を立てるとその日のスイーツの批評が聞こえるのだ。彼女達の舌は、歴戦の批評家のソレであった。

 チキンステーキとパンプキンプリンの評価は5つ星。いやが上にも期待は高まり、子熊達は姦しく自室へと待機しに戻っていった。さぁ、私も戻ろう。段々と高揚して来た気分故か、前をゆく子熊達がさながらケルトの乙女達に、昼食がケルトの民からの捧げ物のような心持ちに陥りつつあった。


 いよいよ待ちに待った昼食時である。さぁ、祭祀の時間だ。マスクを着けろ!廊下に並べ!ケルト的新年を迎える、厳かな準備だ!!生贄を捧げよ!!!


 おっといけない、少しゾーンに入っていたようだ。思いの外高揚していた、そんな自分に驚きつつ、楽しみにしていた昼食の配膳を待つ。

 前方に並んだ乙女達のお盆を覗くと、そこには大皿で美味そうなタレのかけられたチキンステーキが湯気を上げていた。小皿ながら品のいい、甘いカボチャの匂い漂うパンプキンプリンが、ホイップクリームを添えられて鎮座ましましていた。一欠片ながら、パンプキンパイまであるではないか!!何というご馳走であろうか!!


 私の番だ!そのお盆が手渡され、風より素早く、しかし名誉にかけて食い意地を見せてはいけない、という、絶妙なスピードで自室へと向かう。

 他の物には目も向けず、自室へ着いた私は、早速獲物の確認だ。早速全ての蓋を解放した。

 しかし…各皿に大きな異変が見られる。まず、大皿のチキンステーキは何処だ?なぜ、ササミが中皿に?それにパンプキンパイが乗っていたはずの皿に、サラダが乗っているのは何故だ?何より…パンプキンプリンの鎮座すべき小皿には、原罪の果実・りんごが乗っているではないか!!


 お盆には確かに、「ハッピーハロウィン」の文字と、楽しげに「トリックオアトリート!」と笑うジャック・オー・ランタンの姿を描いたカードが置かれていた。しかし、どうやら糖尿病食の人間には、ケルトの豊穣を感謝する祭祀の祈りが届かなかったようだ。

 私はふと、天井を仰ぎ見て顔を手で覆った。おお、神よ…

 そして恨めしげに、ふたかけのりんごを睨む。

 りんごは、「貴方の昔の食生活を後悔なさい?その原罪は、貴方のものよ?」と、蠱惑的に笑いかけてくる。顔を顰めて晒せば、そっと小さな声で、こうも誘惑してくるのであった。

「ねぇ、貴方、それでも果物の中では、私の事が1番好きなの、私知ってるわ?貴方も知っているでしょう?私の甘さだって、捨てたものではないのよ?」


 こうして、私の今年のハロウィンは、少し挑発的なりんごの甘味に誘惑されたのであった。

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