第154話 安全と安心 (4)
見覚えのある顔なんだが、どこで会ったか思い出せない。
「あ。」
体勢を立て直して振り返った小山内が、おじいさんの顔を見て声を上げた。
「あのときの。」
どのときだよ。
「あのときは、孫がお世話になりました。」
だから、どのときだよ。
小山内、おじいさんと話すのもいいがちょっと俺の方も気にしてくれ。
俺の表情に気がついたのか、榎本さんが「凜ちゃん。」と声をかけてくれた。
「あ、ごめんユリちゃん。」
小山内がようやく、いや、気付いたのは榎本さんのことだけだ。こっちに全然視線が来ないからな。
「この方は、前に、俺くんが川でおぼれそうになった男の子を助けたことがあったって言ったでしょ。その男の子のおじいさん。」
あ、言われてみれば、あのときのおじいさんだった気がする。
あのとき、男の子が救急車で運ばれていったあと、駆けつけてきて男の子が乗ってきた自転車を引き取って行ったおじいさんがいた。
現場でお礼を言われたが、警察官の事情聴取中だったのであんまり話せなかった。
そういえば、住所と名前を聞かれたけど、教えるのを忘れてた気がする。
さすがに消耗してたし、バタバタしてたしで。
「先日は本当にありがとうございました。」
橋の上から、おじいさんが顔を除かせてお礼を言ってくれる。
「とりあえず上がってきたら?」
小山内も顔を覗かせて俺に川から上がるようにいってきた。
降りろといったり、登れといったり、何だよもう。
仕方なく俺はせっかく降りてきた護岸をよじ登ろうとした。
「あ、ちょっと待ってください。せっかく俺くんが降りてくれたので写真だけでも撮っておきましょうよ。」
榎本さんが大事なことを思い出してくれた。
「そうね。すみません、ちょっといいですか。」
「はい、どうぞ。」
おじいさんはあくまで丁寧な言葉遣いで答えて、俺の方に向いた。
「ところで、その護岸、登りにくいと孫が言っていたが、登れそうですか?」
もちろん、苦労した。
「あのときは、ありがとうございました。おかげさまで孫も擦り傷程度で済みました。」
おじいさんは深く頭を下げて丁寧にお礼を言ってくれた。
「すぐにでもお家にお礼に行かなければならないところだったのですが、お名前もご住所も聞きそびれてしまい誠に失礼なことでした。」
「いえ、お気になさらず。言われていたのに、僕の方がお伝えするのを忘れてしまったので。」
間違いじゃない、これは俺のセリフだ。
さすがに、俺はいつでも「俺」って言ってるわけじゃない。
相手とか場とかは心得てる。一応な。
「お孫さんはお元気ですか?」
小山内も会話に入ってきた。
「ええ。今日も友だちと遊びに行っています。」
「それは良かった。」
小山内は心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。俺も笑顔になる。
「ところで今日は何を?」
おじいさんが聞いてきた。
「このあたりにソーラー発電所が出来ると聞いて。」
俺は和やかな雰囲気につい口を滑らせてしまった。
小山内に蹴られる。
「たしかにそういう話があります。ですが、なぜあなたたちがここに?」
普通そう聞きたくなるよな。
だが、アニメやラノベの世界じゃないんだから、人助けに来ました、とか正直に答えたら変な人扱いされるに決まってる。
どう言い訳したらいい?
と一瞬固まってしまった俺の横から。
「はい。実は、私の友人の方からその話を聞いたのです。それで、地元の皆さんが不安に思っておられるということで、何か私たちにも力になれることはないかと思いましてやってきたのです。」
榎本さんは、真剣な顔つきで正直に答えた。おいおい。
「そうですか。それはありがとうございます。」
予想に反しておじいさんは特に不審そうな顔もしなかった。
「孫を助けていただいたの何かのご縁でしょう。是非お力を貸してください。」
むしろにこにこ顔になっている。
榎本さんのもつ、ほんわかオーラのおかげだろうか?
期待も出来なかった意外な展開になって、俺と小山内は顔を見合わせた。
こういうのを渡りに船とでもいうのだろうか?
それこそラノベみたいな展開だ。
「ここは暑いので、とりあえず私の家に来ませんか?」
「お近くなんですか?」
小山内がそう聞きたくなったのはわかる。
途中までとはいえ、せっかく暑い中を自転車で登ってきたので、また降りるのは嫌だなぁ、ってことだろう。
「はい、すぐそこですので。散歩の帰りなんですよ。」
「そうですか。では御迷惑でなければ。」
「いえいえ、家内とも、いつか孫のお礼を言いたいと言っておりましたので、是非お寄りください。」
「はい。ありがとうございます。」
俺たちは声を揃えてお礼を言ってから自転車を押して、大木さんという名前を教えてもらったおじいさんの家に向かった。
「ここにお住まいになって長いのですか?」
歩きながら榎本さんが話を振る。
「ええ。もう30年ほどになります。この住宅地が出来た時から住んでます。」
「あの時のお孫さんもご一緒にお住まいなんですか?」
小山内も話しに加わった。
「いえ、一緒ではないのです。でも、息子が近くに住んでいて、土日はしょっちゅう遊びに来ます。今日も朝から遊びに来て、友だちに誘われたとかで飛び出していきました。ああ、ここです。」
俺の出番はなかった。
案内された家は、こじんまりとした家で、たしかに大木さん夫婦と子供夫婦と孫の3世代が暮らすとすれば手狭かなという感じだった。
大木さんはお家に着いて玄関のドアを開けると、すぐに大声で奥さんを呼んだ。
「おおい、
それから、俺たちの方に向かって家に上がるように言って手招きした。
なんとなく恐縮してしまった俺は小山内と顔を見合わせる。
「お邪魔します。」
遠慮なく、その手招きに応じたのは榎本さんだった。
さすが委員長、肝が据わってる!?
榎本さんのおかげもあって、俺と小山内はぞろぞろと続き、案内された部屋に入った。
「まあ。まあまあ。」
人の良さそうな、大木のおじいさんと背格好がよく似ているご婦人が、エプロンで手を拭きながら出てきた。
こういうシーン、アニメで観た気がするぞ。
「神久を助けてくれた方々だ。」
大木のおじいさんが俺たちを紹介する。
「あ、救助したのは、俺くんで、通報したのはこちらの小山内さんです。私はその場にいませんでした。」
榎本さんが慌てて訂正を入れる。実際そうなんだけど、榎本さんも俺たちのチーム仲間なんだから、そんなこだわることはないと思う。
「まあまあ、その節はありがとうございました。お名前も伺ってこずにとおじいさんが息子に怒られてたのですよ。わざわざお越しいただいてありがとうございます。」
「これ。」
大木のおじいさんが、いらないことをいうなとでもいうふうに手を振る。
大木のおばあさんは、それに「まあまあ。」と答えた。
何かいい感じの老夫婦だな。
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