第148話 傾向と対策 (1)
俺はあの後すぐに「いや、それどう考えたって無理があるだろ。」と何の解決にもなりそうにない宣言をしてみた。
それ以外に言いようがなかったからな。
だが、お嬢様は、俺の言葉に一切動じなかった。
「無理が無理で通るなら、私はここにいませんわ。それにお祖父様はお金持ちですわよ。あなたにもメリットがありますわよ。」
と、諦めと寂しさと自分に不満があるのか的な感情が混じった複雑な表情で切り返してきた。ただ、とにかく今日はこれまで、という言葉には同意してくれた。
そのあとお嬢様は校門まで迎えにきていた高級外車、あの以前薮内さんのお屋敷で見かけた車に家に乗って帰っていった。
俺の方は、下校中にある決意を固めながら急いで帰り、「夕食もうすぐよ。」という母さんの声に生返事して、自分の部屋に飛び込んで小山内に電話をかけた。
ワンコールで小山内が出る。
「小山内待たせて悪い。」
「ふーん。私が待ってたことだけはわかってたのね。」
いきなり、きつい言葉が飛んできた。
だが、これから話す内容を考えたら、こんなのは屁でもない。
「悪かった。」
「あの子に綺麗だって言ったのは悪いとは思ってないのかしら?」
「それも悪かった…本当に。」
なんでそのことにそこまで小山内が怒るのか、今ひとつよくわからない。小山内ががるがるする相手を褒めたからだろうか。
だが話が進まないので、とにかく謝る。
「ま、まあ私も悪かったわ、あんたの言葉を途中で止めて。」
いつのことを言ってるんだろう。
「あんたが、誓って、とかいう言葉で何か、その、大事なことを言いそうになったから。それって『絶対』って言葉と同じ意味でしょ。」
あっ。あの時、そうか。それでか。
止めてくれて良かった。マジで。そうでなければ俺の言葉が嘘になってしまうところだった。頭に血が上っていたせいで、まったく気付いてなかった。ほんと小山内に感謝だ。
だが、小山内が止めてくれたってことは、小山内の気持ちは?
なんか俺と小山内の間に変な空気が流れた。
「…で、何よ。」
「今日は薮内さんを優先したみたいになって済まなかった。ちょっと考えたことがあったんだ。」
「へえ。私にも話せないことだったんだ。」
また小山内の言葉に棘がついた。
「いや、小山内に話せないことじゃなくて、お嬢様の前で話せないことだった。」
全部話す。俺はそう決めていた。
だが、俺にはその前に小山内にまず一つ言っておくべきことあった。
「小山内。」
「何よ。」
「一つ約束してくれ。」
「何よ。もったいぶらないでさっさと言いなさいよ。」
「今から俺が話すことを聞いても、とにかく最後まで全部聞いてくれ。それと俺を信じてくれ。」
「何よそれ。それに約束は1つじゃないの?2つなの?」
イラついている雰囲気だ。
だが今までの経験からすると、この2つを約束しておかせないと話しが進まない。
「2つだ。」
小山内は「大袈裟ね。」とかぶつぶつ言ってから、「わかったわ。」と言ってくれた。
ふうー。俺は一息つく。
それから。
すう。
深呼吸して心を落ち着かせた。
「まず最初に、俺は今日、小山内に変な態度をとったろ。悪かった。」
「ほんとそうよ。省三さんや武光さんに言うって言われただけで卑屈になって。」
あの時の俺の態度は卑屈に見えてたのか。
確かに急に態度を変えたが。だが、気になる女の子から「卑屈」と言われるのはかなりずっしりとしたダメージだ。
俺が黙ったせいか、小山内は少し慌てたようだ。
「でもあんたには何か考えがあったんでしょ。」
「そうだ。」
俺は小山内の助け舟に乗っかって、話しを始めた。
お嬢様が強引に俺たちの部活に入ってきたのには何か裏の理由があるとわかって、俺の超能力がバレたんじゃないかと疑ってたこと、あの省三さんや武光さんの前で言えって言われた時に、俺の超能力の秘密を暴露するという脅しだと受け取ったこと、その辺りをまず説明した。
「ちょっと待って。一大事じゃない。そんなことになったら。」
小山内も省三さんたちがどんなふうに思うかを一瞬で想像できたようだ。
「そうだ。だから俺の超能力のことを薮内さんが本当に気づいたのかどうかを確かめようと思ったんだ。」
小山内も俺の超能力を知ってて、俺と一緒になって薮内家の秘密を暴いたと思われたくないとあの時考えたってことまでは、説明しなかった。
なんかパートナーなのにって怒られそうな気がしたし。
「それであんたは私を庇うためにあんな態度を。」
だが小山内は察したらしい。少し声が優しくなった。
「ああ。」
「それでバレてたの?」
「いや、超能力はバレてなかった。」
電話の奥で小山内が安堵の息を吐いたのが聞こえた。
「じゃ、問題ないじゃない。」
「ところが問題大有りだった。」
「もったいつけてないで早く話しなさいよ。」
「薮内さんの目的はやっぱり俺だったんだ。」
「あんたを?なぜ?」
小山内の声が一気に緊張した。スマホを持ち直すようなごそごそという音も聞こえた。
「薮内さんの話だと、省三さんは俺をすごく高く買ってくれてるらしい。」
「それの何が問題なの?」
小山内の声が怪訝そうな色調を帯びた。
たしかに普通なら喜びこそすれ、問題にはなりそうもない話だ。
「すごく買いすぎてだな。」
俺は小山内の反応を予期してスマホを少し耳から離した。
「省三さんは、俺を薮内さんの夫にして、武光さんの」
「はあああ?!なにそれ!ばかなの?」
小山内、大声を出したくなる気持ちはわかる。だが、さっき約束したよな、最後まで全部聞くって。
「あんたまさかオーケーしたんじゃないでしょうね?」
あ、この声前にも聞いたことあるぞ。ケルベロスがちんちそうなぐらい恐ろしい声を。
「当たり前だろ。」
「本当でしょうね?まさか薮内さんの財産に目がくらんでたりしないでしょうね?」
小山内、さっき約束したよな、俺を信じるって。
「どうなのよ。はっきり言いなさいよ。」
「小山内。」
俺の声の含まれた微かな怒りに気づいたのか、小山内は言葉を切った。
「俺とさっきした約束、憶えてるか?」
小山内がぐっとつまったのがスマホ越しにもわかった。
「俺は薮内さんの目的を聞き出しただけだ。俺の気持ちは小山内もわかってるだろ。」
小山内は「そんな言い方ずるい。」とかなんとか言ってるが、とりあえず勢いは大きく削がれた。
「薮内さん自身は薮内家の娘という立場を背負ってるのと、省三さんの頑固さのせいで諦めたような感じなんだが、言葉や態度の端々から、そんな結婚は嫌だっていう意識がはっきりわかる。」
「それがどうしたのよ。」
「つまり薮内さんも頭で理解はしてても、受け入れてはいないと思うんだ。」
「だからなんなのよ。」
なんか今日の小山内は察しが悪いな。
「だから、薮内さんを助けようって言ってるんだよ。」
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