第48話 後日談から始まるストーリー (2)

放課後。

俺は掃除を済ませると、いつもの藤棚で小山内を待った。


晴れた5月の気持ちの良い日。いつの間にか藤の花が満開になっている。

俺は、座り慣れかけたベンチに座って、緩やかに下がる紫の花を見ていた。

そよ風に揺れる藤の葉越しに、きらきら差し込んでくる陽射しがまぶしい。


図書館前のテラスにきた女子が、いつもは人気のない藤棚が花の盛りになっていることに気づいて、


「わーきれい!」

「映える!」


とか言いながら寄ってくる。

俺は、彼女たちの邪魔にならないようにフラフラと藤棚から少し離れた。


場所選び間違えたな。

でも俺はここで待つしか無い。

小山内来ないかもな。

いろいろな思いが堂々巡りする。


朝、小山内に声を掛けて、それから一日掛けて考えがぐちゃぐちゃになったり、スッキリしたり、またぐちゃぐちゃになったりした結果、俺は一つの結論にたどり着いた。


このまま、この活動は終わりにしよう。


これから先、また俺の超能力で人を助けようとしたら、あの事件と同じように、いやあの事件より遥かに危険な、本当の危機に遭遇するときが必ず来る。

その時、俺が気付けないまま小山内を命の危険にさらしてしまうことがきっと起こる。

たとえ、俺のバカが治ったとしても、それ以上に危険な相手がいずれ現れる。

そのときはきっと。


ぼんやりと、テラスの方に目をやっていた俺がそれをどう伝えようか考えていた時。

俺の背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「あんた、相変わらずバカなのね。場所くらい考えなさい。」


仁王立ちで腰に手を当てて声の主は言い放った。


「ああ、そうだな。バカだ。」


小山内は、眉を寄せ、不審そうに聞く。


「ちょっとあんた、不気味なんだけど。どうしたのよ。」

「いや、俺はバカだなぁと。」


小山内は心配そうな顔で近寄ってきた。


「あんた、本当にどうしたのよ。」

「小山内、ごめんな。おまえに相談もせず勝手なことして。あのとき、俺は、深く考えもせずにおまえ達を命の危険にさらしてたんだ。何を言われても仕方が無いよ。」


小山内は、ひそめていた眉を少し緩めて、いつもの声に戻って言った。


「そうよ。あんたやっとわかったの。」

「ああやっとわかった。」


それも、春田さんの力を借りてな。俺1人だったら、きっとわからないままだったろう。


「小山内。俺は、お前が言うとおり、自分で思ってたよりもずっとバカだったよ。独りよがりのガキで、あのときパートナーのおまえがどんなの様子なのかにも気がつかず、おまえ達を危険にさらしてることも、これから何が起こっていくかもわかってなかった。ほんとどうしようも無いバカだ。」

「私もそこまでは言うつもりないけど。だったら約束してよね。次から…」


おれはその言葉を遮って、小山内の目を見据えながら言った。


「だからもう、これで終わりにしよう。」

「へ?なんて?」


小山内はまるで不意打ちを受けたような、抜けた声をだした。

俺は繰り返す。


「これで終わりにしよう。」


小山内は俯いた。それから、絞り出すように、うなるように、押し殺した声で呟いた。


「なんでそうなるのよ。」

「俺が、」


言い直す。


「俺たちが、このままこれを続けてたら、いつか、本物の危険と出遭うことがあるだろう。そのとき、俺みたいなバカには、小山内を守り切れない。

今回のことで、よくわかったよ。

俺は、確かにあのとき、調子に乗ってた。

小山内に危険が及ぶかも知れないなんて考えもせずにな。警察が来てる、超能力が効いてるはずだから必ずうまくいくって安易に考えてた。

確かにバカだった。

もし小山内が俺を許してくれて、次があるなら、次は、今回やったような失敗は繰り返さない。」

「だったら。」


おれは、視線で小山内を制した。


「だが、本当の危険はそこじゃ無いって事に気づいたんだよ。」

「どういうことよ。」

「もし、小山内がこの活動を続けるとすれば、今までと同じように、最初にまず小山内が依頼者と接触する事になるだろ。」

「まあ、そうなるでしょうね。」


小山内は話しが見えないというように、若干イラつきも混じったような声で答えた。

俺はそう感じながらも、結論を急がずに説明を続けた。それがこれまで小山内がしてくれたことに対する誠意だと思ったからな。


「仮に、その依頼がとてつもなく危険なものだったとする。もし、今回のように、誰かが敢えてその事態を引き起こしてるなら、その被害者とわざわざ接触して、起こっていることを聞きだそうとしている、助けるといって近づいている小山内が、事態を引き起こしてる人間にはどんな風に見えると思う?」

「それは…それは秘密に近づいてくる、おかしな奴がいると…」

「そういう奴が現れたと知ったら、事態を引き起こしてる奴らはどうすると思う?」

「それは。」

「何もしないかも知れない。好奇心旺盛な高校生が何も知らずにチョロチョロしてるって思ってな。」

「だったら、大丈夫じゃないの。」


俺はそう言う小山内の目を、何も言わずにじっと見つめた。

小山内はわかってる。だから、俺の視線から逃げた。


「そうだ。何かするかも知れない。おれは超能力を使えるだけの単なる高校生だが、小山内は、超能力もない、ただの高校生だ。

本当に悪い奴らにとっては、何とでも出来てしまう。」


小山内の呼吸が乱れた。流れ出た汗が耳の脇を流れていく。

でもおれは、俺は、今日、ようやく気付いた最悪の結末を冷酷に言い放つ。


「そうだ小山内。俺とおまえが活動を続ける限り、いつか小山内に、小山内だけに誰かの悪意が向けられてしまう時が来るだろう。」


小山内はその言葉を受けてピクッと体を震わせた。呼吸がさらに浅くなって顔色も悪い。だが俺は止めない。止めるのは俺が小山内を犠牲にするのと同じ意味だからだ。


「俺は、おそらくそれを防げない。どれだけ警戒しても、所詮俺たちは高校生だ。俺の超能力を秘密にしている限り、誰かが俺たちを助けることも、警告をしてくれることも無い。俺たち自身で危険が迫っていることもおそらく気づけない。小山内が、ある日突然消えて、俺には何もわからない。」


小山内は、足から力が抜けたようによろけて図書館の壁に手をついた。俺の見たが小山内にも見えたんだろう。


俺の言葉は、最悪を予言するものだ。だが、今回のことでわかった。

人間の悪意は、俺たちのいるところからたったの通り一本隔てた所に棲んでいて、ひょいとこちらの日常に顔を出してくるもんだと。

なのに俺たちは、その昏い通りを覗き込んでいこうとしている。


俺が超能力を持っているせいで、小山内がその犠牲になる。


これが俺の結論だった。


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