第46話 決戦 (3)

俺が痺れを切らす寸前。


「あー、くそっ!!!」


と吠えた中橋は、床に片手をついて姿勢を変え床にあぐらをかいた。

それから俺を睨み据え、ひくい声でうなった。


「おまえ、どこまで知ってる。何者だ?」


おれはまさか本当のことを言うわけにもいかず、ただ、おどけた様子で肩をすくめて見せた。

俺の肝ってこんなに据わってたっけ?

それともみんなの前だからか?


「くそっ。」


中橋はもう一度小さくそう吐いて、ひときわ大きくため息をついた。


「俺が知ってるのは、春田はいま、カムニスタンのエージェントが監禁してるということまでだ。連中が日本からどうやって連れ出すのかは聞かされていない。

最終的には納入した機械のところに連れて行かれると聞いてるが、いつなのかも知らん。」


カムニスタン?

エージェント?

そこもっと詳しく。


「中橋部長。ご家族は戸惑っていらっしゃいますよ。もっと誠意を持ってお話しにならないと、裁判で…。」

「わかった、わかったから。」


往生際の悪い奴だったが、これを最後に完全に陥ちた。



それは驚くような話しだった。


春田さんの会社は軍事転用可能な特殊な工作機械を作っていた。

その機械が危険な国に持ち出されないように、国の許可が無いと輸出できないという規制がかかっていたそうだ。

ところが、輸出の許可が下りない国がある兵器を極秘に製造するために、どうしてもその機械が必要になり、春田さんの会社の専務に取引を持ちかけてきた。

会社の業績を上げて、次期社長の座を確実にしたいと思っていた専務は、その話にのることにしたが、直接の取引ではあまりにもリスクが大きすぎるので、その国の友好国である、カムニスタンという国を経由して輸出するというプランを作った。


まあ、密輸の一種だな。


ところが、その機械はカムニスタン経由で最終的な輸入国に到着したものの、その機械が特殊な機械だったので、機械だけ輸出してもうまく使いこなせないことがわかった。

そこで、その機械をよく知ってる技術者を派遣しろ、ということになった。

それで、現地に出張するように説得を受けたのが、春田さんが行方不明になった日に休んだ同僚だった。

ところが、同僚は行き先を聞いて、犯罪になると知ったので、何日も有休を取って会社を休んで行方をくらませてしまった。

困った専務が、この話の交渉に実際に当たっていた部長にすぐに代わりを見つけろと厳命して、その結果、この機械の改良を担当していた、密輸の件を何も知らない春田さんのお父さんを差し出した、ということだった。

春田さんのお父さんが何も知らずに行った取引先というのは、その国がカムニスタンの名前を借りて作った商社で、そこで、エージェントが春田さんを監禁し、おそらく今も日本のどこかでカムニスタンか、その先の国に送るチャンスを待っているはずだという。


何だよこれ。

俺の想像してたもんよりよっぽどヤバいことになってるじゃないか。


「では、お父さんの居場所はどこですかね。」


これはどうしても必要な情報だ。


「だから言ってるだろう。俺は知らん。そんな危ない話しを俺が聞きたいわけが無いだろう。だから聞いていない。そんなに知りたければ、おまえが直接聞けば良いだろ。」


誰にだよ。

とはさっきの俺の態度からすれば言えないんだよね。

さて、どうしたもんか。

ただ、俺の使った超能力のおかげで中橋がこんなにぺらぺら喋ったのなら、現在の居場所も超能力の効果でなんか話しそうな気がするんだけど。


俺が顔に出さすに悩みはじめたまさにその時。


リビングと、ダイニングキッチンとの間を隔てていた引き戸がガラッと開いた。

どかどかと足音を響かせて、恐い顔つきの、がたいのいい男性が3人なだれ込むように入ってきた。

3人は驚いたようにキョロキョロして逃げだそうと腰を浮かせた中橋を囲むように立つ。

囲まれたと知った中橋が観念してもう一度座り込むと、その正面に立った1人がなにやら折りたたんだものを中橋に突きつけた。


「警察の者ですが、今のお話しを、もう一度署の方で詳しくお聞かせ願えますか。」


中橋はだらあんと全身の力が抜けたようになり、呆けた。


「それと、春田政紀さんの居場所、ほんとうはご存じなのではないですか?変に隠し立てすると、我々も徹底的にいきますよ。」


そうやって正面の警察官が中橋を脅しつけている間、中橋を囲む別の警察官が、もう1人に「本部の外事がこちらに急行中だそうです。」と耳打ちするのが聞こえた。


それが中橋にも聞こえたか、中橋が突如、体を翻らせ、後ろの警察官にタックルして逃げようとして…よろけてぶつかってコケる。


正面の警察官が


「公妨で現逮!!」


と叫ぶ。

警察官がはじかれたように2人がかりで暴れる中橋の体の上からのしかかって制圧する。


「俺はしらーん!!何も知らーん!!」


中橋が抵抗して蹴り出した足がテーブルの足に当たって、載っていたティーカップごとテーブルがひっくり返る。

振り回した手が警察官の眼鏡に当たって吹っ飛んでいく。


だが。


「中橋ぃー!!観念せい!!」


正面の警察官の、壁がビリビリ震えるほどの大声での怒鳴り声をきっかけに、中橋の抵抗が止まった。


「おい中橋。おまえ、春田政紀さんの居場所ほんとに知らんのか!!」


もう一度警察官が怒鳴りつけると、全身を使って荒い息を吐いていた中橋は、ついに泣き声で吐いた。


「カムニスタン大使館が入っているビルの、1階の、空き事務所だ。あああああ!」


最後の叫びと共に、中橋は大泣きをはじめた。


警察官を仕込んだ俺を含めて、その場にいた春田さん側の人間は、立ちすくむ以外になかった。




程なくして、サイレンを響かせたパトカーが到着。

応援の制服警官まで含めてさらに10人以上が春田さんちに乗り込んできた。


さっきの大暴れが嘘のように、中橋は力なくうなだれ、リビングのソファの背にもたれかかって、事情を聞かれている。


俺たちも、というか、俺と春田さんのお母さんも事情を聞かれている。

小山内さんは、女の子だから先に帰すべきだ、と警察官に言ったら先に帰してもらえた。どうやら女性警察官が2人しか来てなくて、春田さんのお母さんと春田さんの事情聴取が優先らしい。


小山内は帰り際に、


「あんたにはたっぷり聞きたいことがあるわ。首を洗って待ってるように。」


というケルベロスすらチンチンするくらいのどす黒い声で言い残して帰っていった。

おい。

お褒めの言葉を忘れているぞ。


その夜、小山内からメールが来て、春田さんのお父さんが、中橋の言ったとおりの場所で発見されたそうだ。

殴られたあとはあったそうだが、消耗しているほかは命に別状無かったってよ。

入院先の病院から春田さんが知らせてくれたそうだ。


さて。この件はこれでお終いだ。


小山内に処刑される前に、ちょっとだけ種明かししとこう。

俺の最後の切り札は、この警察の人たちだった。


俺たちが春田さんのお父さんの居場所を知らされても、もしトラブルに巻き込まれてたら、結局警察の力を借りるしか無い。

そう考えた俺は、日曜日に、両親に部活に行ってくると言い残して、所轄の警察署に直行。


もちろん、家族でもない俺が行ったって門前払いされるのは分かってたし、実際門前払いされた。


そこで、俺が繰り出したのは、由緒正しいお願い方法。

土下座だ。

日曜の閑散とした警察の玄関先でザ・土下座。

3時間のうちに3回追い払われてその日は帰った。


月曜日。警察に直行してまた土下座。

今度は日曜より来てる人もいたけど、それにかまわず、ザ・土下座2.0。

1.0との違いは紙に「助けてください、お願いします。」と書いて土下座する俺の前に置いておいたことだ。

さすがに日曜みたいに追い返すわけに行かなかったのか、事情を聞かれた。

そんで、これは間違いなく監禁事件だって力説して、また土下座しに来ます、といったら、名刺をくれた。


あとは、火曜日、俺は小山内達に先行して春田さんの家に行き、警察が力を貸してくれるようになったと説明。そこにあの3人が来てくれて、逮捕に至る。

というわけだ。


なんで土下座までしたかって?


俺は小山内と、人を助けるって約束したからな。

その約束、守んないといけないだろ。



そう、俺は、独りで勝手にヒーロー気分になってたんだ。









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