第21話 入部テスト (3)

小山内は、俺の前に立つと、俺に席から立つように指示した。

悪い予感と嫌な予感が一斉攻撃してきてるが、ここは応じるしかない。


「なんだ?」

「なぜか、私があなたなんかに弱みを握られてるとか、問題を漏らしたとか疑っている人がいるので、そんなことはないと証明するの。」

「どうやって?」


小山内は答えず、呪文を唱えた。


「なかせんだいのらんについて説明して。」


出たよ。中性子的なもの第2弾。

手の平と脇から汗がにじみ出してくる。

中仙台?

いや、たぶん、この流れからして、ヒントは中世だ。

でも鎌倉時代にも室町時代にもそんなのなかった気がする。

いや、最後の言葉はきっと「乱」だ。乱れてるとき。

鎌倉と室町の間とか?建武の新政?

平気な顔をしながら連想ゲーム。


小山内を信じろ、俺。


中先代だ。中先代の乱だ。小山内のくれた資料にあった。

必死に資料の内容を思い出す。


「中先代の乱は、建武の新政の後におきた乱の一つだ。鎌倉幕府は滅亡したけど、北条方の人たちはあっさり負けを認めたわけじゃなくて、建武の新政が武士階級の支持を得られないとみるや、蜂起を繰り返した。その中で、起こったものの一つで、北条高時の子の北条時行が信濃の国の御内人に擁立されて、各地で連勝を重ね、建武政権側の読み違いもあって、一時建武政権側の鎌倉将軍府が置かれていた鎌倉を奪還するに至った。ただ、その後、反撃にあって、結局鎌倉は維持できず、壊滅に至ったというものだ。」


もちろん、こんなの素の俺にはとても出来ない芸当だ。

小山内の丁寧な解説付き資料を読み込んだおかげ。

でも、そんなことは知らないみんなは、あっけにとられてる。


それから、俺は、あれだけ資料に書き込みをしていた小山内をもう一度信じてみた。


「じゃ、俺からも質問だ。この中先代の乱は何につながった?」


不意を突かれた形になった小山内は、目をぱちくりさせたが、直ぐに真剣な顔になり、よどみなく答えた。


「この乱の鎮圧のために、足利尊氏は鎌倉に向かい、いろいろあって建武政権側から追討の命令が出されたの。この戦に最終的に勝った尊氏は幕府を設立。負けた後醍醐天皇側は吉野に逃れて南北朝成立という流れになるわ。」


これ、小山内の資料に手書きされてたメモによると、高校で習うことなんだよ。だから、高校に入学したばっかりの俺たちなら、習ってない範囲になるし、中世に興味がある高校生なら知ってて当然レベルになるはず。つまり絶妙な問題というわけだ。

小山内、おまえ、まさかここまで考えてたのか?

さっきのぱちくりかわいかったけど、あれも仕込みか??


とにかく。これで、俺と小山内の知識披露ショーは終わりだ。

あとは、これに呑まれたみんな、特に優秀君が納得するか。

俺と小山内が向けた視線につられて、みんなが立ったままの優秀君を見た。


「わかった。たしかに、今の君たちの話した内容は知識として知ってるけど、そこまで楽しそうに中世を語ることは僕には出来ない。」


優秀君はそう言って、負けを認めた。

けどな、どこが?どこが楽しそうだった?俺の顔は必死さに満ち溢れてたはずだが。小山内の方も淡々と答えただけ。

でも、せっかく納得しかけてくれてるのに、そこ突っ込んじゃダメなことくらい、小山内じゃなくてもわかるぞ。


小山内も、一瞬怪訝な表情が出てしまったが、すぐに笑顔で、


「わかってくれてありがとう。そうなの、部活なので楽しく中世を語れる人であって欲しいの。」


言いながら、みんなに笑顔を振りまく。



さて、後は「楽しく中世を語れる」レベルと小山内が設定した俺の点数マイナス20点を何人越えてるか、それをどうやって料理するか。


考えてるんだろうな、小山内。俺は小山内の仕込みがどこまでされてるのか、だんだん真相が明らかになるにつれて楽しくなってきたぜ。


「じゃあもう一度ね。54点以上の人手をあげてくれる?」


小山内は仕切り直しから入った。

上がった手は2本。

またもや教室内を駆け巡るどよめき。


おおっとビックリ!なんとそのうちの一人は榎本さんだ。ここにいること自体ビックリだけど、あの問題を、俺みたいにチートもせずに高得点だなんてあり得るのか?


俺はあり得るのか?という疑問を強烈に込めて、小山内を見た。

それとなく俺から視線を逸らし、さあ何のことでしょうみたいな表情を作りやがった。

わかりやすい奴!

でもなんで榎本さんを?


榎本さんが高得点をとった謎はこうして解けたけど、もう一人の方の謎は解けない。

あれ誰だ?


いかにも文系な感じの優男系イケメン。髪はボサボサだけど優しい目をしている。鼻筋は通って口元も上品。それが高いレベルでバランスをとってる。弁当トリオのイケメンの2人と互角だぞこいつ。

だから廊下で見てたりしたら、覚えがありそうなもんだけど。

こいつも小山内の知り合いか?

と最初思ったけど。

ああ、小山内のこの戸惑った感じ、やっぱり小山内も想定外なんだな。


「すみません、女子の方は、私と同クラスの榎本さんですが、先輩はどなたですか?」


先輩だって?

たしかに学年章が3年生だ。小山内、早くももう学校中のアイドルなんだね!

という冗談は抜きにして。


「私は3年の鳥羽だ。歴史研究部の部長をしている。実は1年生にかなりの歴史好きがいると聞いて勧誘しにきたんだ。」


ヤバい。ヤバい。

これ思わぬ伏兵だ。しかも全然想定できた伏兵だ。

小山内も確かにこの学校には歴史研究部があるって言ってたし。


「聞いたところでは、君が中世史研究会を作ろうと考えたのは、うちが古代と戦国期ばかりやってるから、ということだね?」


この先輩、喋り方からしてなんか頭が良さそうだ。小山内最大かもしれないピンチ!

うまくかわせるか?





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