第11話 だから俺を巻き込むな (3)

「話が通じないからお終い、って事になったら面白いな。」


と俺は思ったけど、どうやら小山内は違う意見の持ち主だった。


「すみません、アクシオンはわかりません。でもなんか先生が誤解されている気がします。」


あくまで、品良く、丁寧な小山内。

小山内の中の人、いつの間に交代したんだ?


「私が言っているのは、歴史の方のちゅうせいしです。森先生、新しく作るちゅうせいしの研究会の顧問になっていただけませんか?」


ちゅうせいし、ちゅうせい史、あ、中世史!


なんで?


俺は、誰かラノベよろしく、訳知り顔で

「実は森先生は、数学の他に歴史も担当してるんだよ。」

みたいに説明してくれる人を求めて辺りを見渡して、森先生の机の島にもう一人いた、初めて見る顔の男の先生と目が合った。


だが、この先生も頭の上にでっかい


「なんで?」


って吹き出しが乗ってるような顔をしてた。

やっぱりな。


森先生は森先生で表情を変えずに黙ったまま。

埒があかないと思ったか、小山内は笑顔で、ずっしりとした視線を森先生に向けながら説明を始めた。


「私は中世史に興味があります。でもこの学校の歴史研究部は古代と戦国時代と郷土史をメインにやってると聞きました。他にも甲冑同好会というのがあるとも聞いたのですが、そちらはジッセンが主だということで。なので私は新しい部活を作ろうと考えました。」


ジッセンは、実践?実戦?どっちだ?

実戦なら興味がある。このあと小山内から解放されたら部活訪問行ってみるか。今日はやってるのかな?


森先生は小山内の顔を見ていたが、小山内がそれ以上続けなさそうと見たのか、表情を変えないままようやく口を開いた。


「小山内君。君が中世史についての部活動を作ろうとしているのはわかりました。けれども、私がその顧問になる理由の説明がありません。」


うんうん。そこな。そこが大事なところだろ。さっきの知らない男の先生も同じ疑問持ってるみたいだぞ。

だが、小山内は動じずにまた説明した。


「はい。この学校は生徒の興味を尊重するということで、文化系の部活は簡単に作れると聞きました。そのせいで先生方は、幾つもの部活の顧問を掛け持ちされているそうですね。しかし、森先生は計算機科学部の顧問しかされていないと聞きました。」


森先生は肯定も否定もせずに小山内を見ている。


「なので、森先生にお願いに来ました。もちろん、森先生の専門外であることはわかっていますので、活動内容についてご迷惑はおかけしません。私たちの監督だけお願いできれば。」


小山内、おまえ、動じないにも程がある。

要するに小山内が言ったのは、


「あんた、顧問の数が少なくて他の先生に肩身が狭いでしょ。それを指導しなくても監督だけしてたら逸らしてあげるんだから、お得でしょ。だから顧問になるわよね。」


ってことだ。さすがに新入生が言い過ぎだろって思って例の男の先生を見たら…何故かウケてた。


「わかりました。」


しばらく何も言わなかったが、やっぱり無表情のまま森先生はそう言って、小山内の顔に向けてた視線を、小山内が右手に持ってた紙に動かした。


「その紙を。」


小山内は紙を手渡しながら軽く左手でガッツポーズを作った。

でも俺は、小山内の右耳近くを汗が一筋流れていったのにも気が付いた。


紙を受け取った森先生は、それを見ながらいくつか事務的な質問を小山内にし始めたが、俺はもう関係ないので、壁にかかってた時計をチェックして甲冑同好会のことを考えてた。どこでやってるのか誰に聞いたらわかるんだろう?


森先生は、小山内への質問が終わると、さっきの紙に、自分の名前を記入して印鑑を押して小山内に返した。


小山内はそれを受け取りながら、俺の注意がそれてるのを何故だか察知したらしく、軽く俺の足を蹴った。

顔は笑顔だよ。恐っ。

俺たちは、その後すぐに森先生にお礼を言って、職員室を出た。



職員室を出た小山内は、後ろも振り返らずにずんずん教室の方に戻ってく。


俺にも礼ぐらい言えよな。

まあいいけど。

さて、甲冑同好会はどこだ?誰か知ってそうなのは、あ、実戦してるなら運動場かなっと。


そう思って運動場にそれらしい姿がないか窓越しに見廻してた俺の視線の片隅に可愛い女子の姿が。


いやあれ小山内だよ。

なんか恐い目つきで、いかにも怒ってますという空気を纏ってこっちにやって来る。

もらった紙に問題でもあったのか?とも思ったが、どうやら怒りの視線が向いてるのは俺だ。

なんか怒られるようなことやったっけ?


「あんた何そんなとこでぼーっとしてるのよ。」


近づいて来た小山内はいつもより低い声音でチコちゃんみたいなことを言い出した。それでも声が小さいのは周囲に人がいるせいか?


「俺の役目は終わっただろ。だから甲冑同好会を見に行こうと思ってるんだが。」

「あんたバカなの?」

「ってバカってなんなんだよ。」

「バカはバカよ。」

「役目が終わったどころか、まだ始まってもいないじゃない。」


今日何度目なんだろうね。

「なんで?」

で頭がいっぱいになるのは。

でも小山内の方は、何を当たり前のことを聞いてるのか、みたいな顔をして怒ってる。

俺の察しが悪いのか?


「いや、言われた通り、職員室についってたじゃないか。」

「新しい部活の顧問が決まっただけでしょ。まだまだ部活始めるまでいっぱいしなきゃならないことがあるでしょうが。」

「それ、中世史に興味がある奴見つけるか、クラスのいつもの友達に声かけて手伝ってもらえよ。俺は関係ないだろう。」

「あんた本当に大丈夫?バカはこじらせたら大変なのよ。あんたがやらなくて誰がやるのよ。」

「バカバカ言うな。なんで俺が?!」


その時ようやく俺は、俺たちの横を通り過ぎていく奴らが、俺たちのことを痴話喧嘩でも見るような面白そうな顔をして見てることに気がついた。


「ちょっと待て。ここは場所が悪い。どこか別のところに行こう。」


小山内もそのことに気付いたのか、怒りを引っ込めて、ばつが悪そうな顔で黙った。




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