ハロウィン

夜桜

後輩ちゃんのイタズラ

「お疲れ様です。先、失礼します」


会社から出て、真っ先に目に映り込んできたのは…ゾンビの顔だった。


「きゃっ」


驚きのあまり声が出た。


『あはは、そんな怖がらないでくださいよ〜』


そういった声には聞き覚えがあった。

少し高く、元気でやわらかい声色。

後輩であり彼女の清水 湊に違いない。


「…湊?」


『そうですよ。可愛い後輩を怖がるなんて、ひどい先輩ですね』


相変わらずゾンビのお面、というかマスクをかぶっているせいで表情などは分からない。でも、憎たらしい顔をしてそうだと、勝手に思っている。


「ところで、なんでそんな格好なのよ」


『え〜、だって今日はハロウィンですよ?』


そう言えば、今日は10月31日だったっけ。

ハロウィンなんて社会人になってから、全然気にしたことなかったな。


「ハロウィンだからって、そんな全力でコスプレしなくても…」


『これには訳があるんです!なので…』


「なによ」


『まずは家に帰りましょう!』


「え、ちょっと。引っ張らなくてもちゃんとついてくってば。もぅ」


何がなんだか分からないまま、私は湊に腕をひかれながら家まで帰った。


「はぁはぁ。わざわざ、走らなくても」


『全く体力ないですね。先輩は』


「湊が体力あり余りすぎてるのよ」


『えへへ、ありがとうございます』


「褒めてないわ」


会社から家まで走って帰るなんて、この歳でやるものじゃない。

湊はゾンビのマスクをつけているのに、辛くなさそうだ。若いって羨ましい。まぁ、5つしか変わらないけど。


「湊、いい加減、そのゾンビのマスク、取ったら?」


私が息を切らしながら問うと、『えー』といいながら湊はマスクをとった。


『もう少しかぶってたかったのに…』


不満げに言う湊。

ゾンビのマスクの下から出てきた顔は、ショートカットで活発そうな女子の顔だった。

やっといつもの湊の顔を見れた。


「それで、そのゾンビのコスプレをしてた理由ってなに?」


『簡単に言うと、先輩にトリック・オア・トリートって言いたくて』


「ん?それだけのためにコスプレしたの?」


『はい!だってハロウィンだし、仮装しないとダメだと思って』


「湊…あなたってやっぱりバカね」


『なっ!ひどいですよ、先輩』


別にコスプレしなくてもトリック・オア・トリートぐらい言えるだろうに。

純粋なのか、普通に馬鹿なのか…。


「別にコスプレしなくても、トリック・オア・トリートぐらい言えるわよ」


『本当ですか!』


「えぇ」


『それじゃあ先輩!トリック・オア・トリート』


どれだけ言いたかったのかと思うほど、目を輝かせながら湊は言ってきた。


「はいはい、お菓子ねー。…あれ」


『先輩?お菓子まだですか?』


「ちょ、ちょっとまって」


おかしいな。ポケットに入れてたはずの飴玉がなくなっている。飴玉を一つは必ず、ポケットに入れておくのに。


『ふふ、あはは。先輩が探してるのって、この飴でしょ?』


「あっ、それ、なんで湊が」


私が探していた飴玉を、湊が私の目の前に手にのせて見せてきた。


『実は朝の出勤前にポケットから取り出しておきました』


「なんでそんな事…」


湊が1歩前にでる。

私との距離は30cmぐらいしかない。

心臓がはやく脈打つ。その音すら湊に聞こえてしまいそうだ。


『それはもちろん、先輩にイタズラするために決まってるじゃないですか』


「イタズラって?」


『んふふ、なんでしょうね?』


イタズラっぽく微笑み近づく、もうお互いの鼻が触れる寸前まで距離が縮まった。


『何してほしいですか?』


「……わかる、でしょ」


『私、バカだからなぁ。もしかしたら違うことしちゃうかも』


口調はふざけているのに、目はずっと私のことを見続けている。自分の顔が赤くなっていることがわかる。


『いいんですか?私の好きにしても』


「…恥ずかしいから、はやくして」


『先輩、可愛いですよ』


湊のやわらかい唇が私の唇と触れる。

数回、キスをした私は少し恥ずかしさからか距離をとった。


『先輩、まだ終わりじゃないですよ。ハロウィンはまだまだこれからですから』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハロウィン 夜桜 @yozakura_56

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ