第弐拾話 体育祭 中編
昼休憩のこの時間、校内には人が大勢いる。廊下の真ん中で九尾と老人姿の妖怪の両者はお互いに向かい合うが他の人にはそこにいることすら認識されない。
「其方が妾に何用じゃ?ぬらりひょん」
「ほほほ、冷たいじゃないか。私が切り離され封印されていた“尾”を見つけ、主に渡した恩を忘れたか?」
嫌な事を思い出す。自身の元に戻った“尾”達。それは一本尾の時の私からすれば過ぎた力。制御出来ずその間の記憶があまり無い。だが暴れ、人の町を破壊、人を握り潰す感触、人を噛み千切る感触、それは今でも鮮明に思い出せる。
「黙れ…妾は自分の意思で尾を切り離したのじゃ」
「ほほほ、妖狐の祖たる者がそのような口調で良いのかのう?それと主に一つ伝えねばならぬ事があるぞ」
「…」
ろくな事ではない。こいつの言う事に耳を傾けてはいけない。そう本能では分かっているが身体は言う事を聞かない。そうしている間に奴は話し出す。
「あやつ、名はなんだったかな。主が住み着いている…あ〜凪だったかの」
横の鴉から聞いたらしい。凪が一体どうしたと言うのだろうか…
「あやつの親は死んでおるじゃろ?あれをやったのは主じゃぞ九尾」
ドックンッ…
心臓が大きく波打つ。息が苦しくなる。
「主は何も変わっておらぬのう。今も昔も」
私は…私は…凪の…両親を…
身体が覚えている肉の裂ける感触、奥歯で骨ごと磨り潰す感触…それを凪の…自分が…1番大切に思っている…大好きな人の両親を…
「あ、九尾!」
後ろから声が聞こえる。大好きな人の…
瞳が曇り流れ出る涙と一緒に振り返り一言。
「ごめんなさい…」
寸前、身体は肥大化し辺りが爆発する。窓ガラスは弾け飛び校舎の柱は折れ曲がる。
九尾とぬらりひょん邂逅の同時刻、校舎裏では鳥居と吸血鬼のウルが不運な事に鉢合わせていた。
「「あ…」」
鳥居は後退りするが、目は吸血鬼から離れない。
「いや、逃げなくて良い。謝りたかったのだ。すまなかった…」
頭を下げる。
「…」
「私は配慮に欠ける事をしてしまった。それを謝りたかったのだ…」
「私は怒ってませんよ。驚きましたが貴方からは優しい色が“見えた”から…」
バンッ…ガシャンッ…パラパラパラ…
2人の頭上から大きな音が響く。地面が揺れ、頭に降り注ぐ窓ガラスとコンクリート片、瞬時に校舎が崩れたのだと気づく。
鳥居を脇に抱えその場から離脱する。
(この妖力…どこかで…?)
何が起こったのか改めて確認する為グラウンドに走り校舎を見上げる。
そこには六本の尾を携え、妖狐の姿となった九尾の狐の姿があった。
(九尾殿なぜ!?尾の数が六本という事は完全ではないということか!?)
抱えていた脇から鳥居を下ろす。
スタッ…
その直後、2人の前に頭が異様に肥大化した老人姿の妖怪が姿を現す。
「おやおや、珍しい。吸血鬼ではないか」
「お前はぬらりひょん…」
(ぬらりひょん!?って大妖怪の…)
「この騒動もお前の仕業か、ぬらりひょん?」
「ほほほ、はて?私は覚えの悪い狐に昔犯した自身の過ちを教えてやっただけじゃぞ?」
指を噛み血を出し、剣を生成する。その刃をぬらりひょんに向ける。
「お前がやった事に変わりないではないか」
「ほほほ、主にも一つ教えてやろう。あの民宿に居た幼き少女の眼は大丈夫かのう?」
「!?貴様ッ!!」
キュイィァァァァァァ…
斬りかかろうと足を一歩踏み出したが咆哮に怯み建物に目を向ける。
屋上が無くなり教室が露出し、その上に大型の妖狐が構えている。
(先にこっちをなんとかしなくては…)
再びぬらりひょんに向き直るが既にぬらりひょんの影はなかった。
(生徒の救助だな…)
周りにいる生徒に目を向けるが生徒達は虚な目になりやがて地面に倒れ込む。
「どういう事だ!?」
「これがこの町が問題にならない理由です。この町の人は何が起こったのか覚えていない、いや、忘れている」
「なるほど…能力か」
建物内に残っている生徒や教師を助けに九尾の元に向かう。
「珠ちゃん!無事みたいだね」
「光ちゃん、凌ちゃん!話は後、今は救助に専念して!他の十二支の子達にも伝えて!」
「おう」
「了解だ」
「私は九尾の相手をしよう。お前たちには荷が重いだろうからな」
それぞれが今やるべき事を…
妾は孤独だったのだ。妖怪であるが故に普通の人には見えず、大き過ぎる妖力のため同じ妖怪にも話しかけられず。ずっと…
妾はその妖力を使い人間になりすました。が、人間の世を知らぬ妾にはうまく溶け込む事ができず人間では無い事がすぐバレてしまう。
追われ、襲われ、傷を受け、癒す為に身を潜めても大き過ぎる妖力の影響ですぐに居場所がバレてしまう。逃げ、隠れ、逃げ、隠れ、何千何万と繰り返した。
そんな逃亡生活の最中、妾は1人の人間と…
「あれ?怪我してるじゃん!!大丈夫?じゃないよね。痛いよね…」
真季波一輝(まきなみいっき)それが彼との出会いだった。
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