ハロウィンと黒猫

澄田ゆきこ

本編

 十月とは言え雨の日は寒い。それなのに、肩や脚を露出したコスプレ姿の男女が、寒そうなそぶりも見せず歩いている。

 今日はハロウィン。ただの勤め人には縁のない行事だ。トレンチコートの襟を掻き合わせながら、私はコーヒーをすする。いつ終わるとも知れない仮装行列。傘もささずに楽しそうに歩く男女。その中で、スタバの軒下で雨止みを待つ私は、どこかしら浮いているように思えた。

「お姉さんは何のコスプレ?」

 一人の男がそう言って、私に傘を差しだしてきた。

 真っ黒な髪と色白な肌のコントラスト。人を食ったような猫目。顔の造形は、メイクをした男女の中にいてもひときわ美しい。

 私の、男。

「ただのOL。あなたは何のコスプレかしら?」

「うーん、喪服かな」

 男――立川陽介は、乱杭歯を見せてにやりと笑う。

 彼のいでたちは今日も黒ずくめだった。私の選んだ黒のスーツと、濃い灰色のワイシャツ。彼は黒が似合う。こうして黒衣にまとわれていると、すんなりとした体躯も相まって、どこか浮世離れして見える。魔女の使い魔か何かのようだ。

「今日は誰と遊んだの?」

 私は猫を放し飼いにしている。生来の特性なのか、この子は女遊びが激しい。それを黙認しているのは、その方が私にとって都合がいいからだ。罪悪感は人をつなぎとめる一番の楔になる。

「遊んでないよ」

「嘘おっしゃい」

「本当だって。今日はツイてないんだ。茜サンが相手してくれないかなあ。魔女のコスプレとかしない?」

「ドン・キホーテでも寄るつもり? さすがにあの衣装は私にはきつい」

「そう? 美魔女とか言うじゃん」

「へえ?」

「冗談だって」

 私は男の傘に入る。陽介はどこか楽しそうに私の隣を並んで歩く。よく懐く猫だ。女癖の悪さはどうしようもないけれど、「お仕事おつかれ」とそっとねぎらってくれるあたり、悪くない男だ、と思っている。

「今日のごはんは何?」

「ハロウィンだしかぼちゃのそぼろあん。あと鮭の塩焼きとお吸い物」

「あなたって意外と鄙びた料理が得意よねえ……」

 私が肩に頭を預けると、陽介は「へへ」と小学生の男の子みたいに笑った。

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ハロウィンと黒猫 澄田ゆきこ @lakesnow

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