第九章 竜払い 前編(2)

 水と、申し訳なく思いながら限りある食料を少しだけ、持ち出す。

 おれは島を発つ準備を終えた。

 ホーキングは白い竜にたどり着き、そして、その瞬間を迎え、ひとり仕留めに向かった。けど、その時、おれは隣にいなかった。そのことがいま古傷たちに響いていた。

 まもなく夕方になる、砂浜に置いていた小船を押して海へ向かう。朝と違い、波はかなり高かった。腕と腰を使って砂浜の上をひとりで押した船は、鉄かと思えるほど重く、じりじりとしか進められなかった。いままではみんなで押していた。その時も重かったが、比較にならない。

 フリントの船の甲板から、彼がこちらをじっと見ているのがわかった。

 波はやはり高かった。けれど、ここを越えてゆかなければ向こうまでは辿りつけない。手持ちの乏しい、航行技術で乗り越えられるかは不明だったが、ゆくと決めた。船を海へと押し込む。踏ん張っても、砂に足をとられ、身体の方が後ろにさがるのを、なんとか堪える。

 船を押し出していると、リスが様子を見ているのをきがついた。

 彼女は何もいわず、そこにいた。

「おれは竜払いだから」

 なにも聞かれなかったが、そう告げていた。

「もしかしたら行けば、まだ勝負へ持ち込めるかもしれない。でも、いかなければ零だ」

 おれは一方的に言う、きっと欲しい希望だった。

「行けば零じゃなくなる」

 かまわず、続けてそういった。リスは何もいわなかった。無表情に保たれていた。やがて船体が海へ辿りつき、一挙に押して浮かぶと、海面をかきわけてそれに乗った。

 櫂を手にとり漕ぎ出す。少しして振り返ると、リスはやはりじっとこちらを見ているだけだった。船がしだいに島から離れる、フリントの船の真横に来た時、フリント、甲板からこちらに小さく手をあげてみせた。

 おれも、小さく手をあげ、やがて、それを降ろして、櫂を漕ぐ手に力を込めた。波は強く高く、思い通り、前は進まなかった。そのせいもあるんだろう、そのうち、浜辺には、大陸へ向かうおれを見る人の数が増えていった。そのなかにはビットと、セロヒキの姿もあった。そして、崖を見上げたとき、そこにトーコらしきかたちも最後に目にした。

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