第八章 生まれた場所以外のために(3)
ホーキングとフリントが島を出て十日経った。とくに音沙汰はなかった。
浜から見える、向こうに大陸にも変化はない。
「ついに石鹸が底を尽きた」
その日の夕食時、リスが深刻な表情でそう言い放った。
みんな、黙ってリスを見返すだけだった。動向を伺っているともいえる。
「こうなりゃ石鹸を中心とした仕入れ大作戦を実行するしかない! それしかない! ああ、それしかないそれしかないったら、それしかない!」
あやしげな薬でもきめたのだろうか。リスはひとり、行き詰まった文明人みたいな盛り上がり方をしていた。すると、ヘルプセルフが「酔っているのか?」と、おれと方向性の似たようなことを思ったらしく、そう訊ねた。
「いや、石鹸がなくなって、よもや発狂したい気分を歌にしてみただけ」
「歌だったのか………」セロヒキが困惑していた。
そしてヘルプセルフが「歌であるはずがない」と遠慮なく断定した。「それは歌ではない」追い打ちもした。
「あの………」そこで気を使うようにビットが反応した。「リス………さん?」
「まあまあ、落ち着きなよ、人間性をこじらせた者ども」しかし、リスは自身の調子を崩さずに続けた。「ずっと考えてきたことがあるの、ってか、考えてたってかー………いつかはその日が来るなって考えてたことが」
「それは食事が不味くなる話になるのか」なにを心配してか、ヘルプセルフが問う。
そしておれはトーコの様子をうかがっていた。我が仲間たちの、こんな質の悪い会話を聞かれて恥ずかしくてしかたなかった。もしかして、おなじ奇怪な人間だと思われないか不安だった。けっか、必要に見過ぎてしまい、目が合ってしまい、慌てて目を反らした。
いまの目を反らした感じは感じて不審な印象を抱かれたのではないか。
なんだかんだ、おれは自分のことしか考えていない。
いっぽうで、リスは話しを続ける。
「いろいろ必要なものもちらほら出てきたし、ほら、冬に着る服とか、その服をつくる道具だとか、家の………修理に必要なのとか? あと調味料など?」さぐりさぐりに言いながら、リスはセロヒキを見た。すると、彼は小さくうなずいてみせた。それからリスはさらに続けた。「補給だよな、補給が必要かなって。補給を軽んじることだけは出来ないね、あたしは」
たしかに、ここまではなんとか、当初、おれたちが持って来た乏しい物資と、島での自給でやってきた。だけど、限界がある。いつまでも自給自足というわけにもいかない。ビットも前に言っていた、運良く残っていた作物の種もあるが、なくなってしまったり、使い物にならなくなってしまったものも多い。そういうものは島の外から持ち込むしかなさそうだった。
「だからさ、あたし、島の外に出て、いろいろ暗躍して仕入れてこようと思ってる」
「急ですね」ビットがいった。
「ずっと気になってからね、あたしのなかで、補給は。まかせて、あたし商売上ら、交渉は得意だから。あたしがいちばん、あたしを発揮できるはずよ」
「ひとりで行くの?」
おれが問いかけるとリスは「用心棒を連れていく」そういって、へルプセルフを指差した。
食事を終え、ヘルプセルフは仮面を被り直しているせいで、相変わらずどういう反応か、表情から察せされない。
「交渉には見た目もだし、ここはあたしを知らない土地だし。小娘だけだとあれこれとなめられそうだし、用心棒件、迫力担当として、あんたを指名する。ついてこい」
リスが一方的に言う。ヘルプセルフはじっと仮面越しに見返していると、そばにいた小さなこどものひとりが「わたしはこわくないよ」と、ヘルプセルフの膝をぽんぽんと叩いた。
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